萬代橋(新潟市)
今回から本欄もPartVとして再出発です。とはいっても、Partの区切り方にたいした意味のあるわけではなく、内容とおなじく気まぐれですのであしからず。

土木学会で行っている近代土木遺産の推奨選定については、PartUの最終回でもご紹介しました。おもに仕事の空き時間で見て回っていますので、写真撮影が目的となっています。詳しい内容をお知りになりたい方は、参考にしていただくよう紹介サイトにリンクをしてありますので、そちらをご覧ください。

というわけで、土木遺産第2弾は新潟県新潟市の「萬代橋」です。本欄では橋梁を取り上げたことがなかったので、ちょっと珍しいと思います。(橋梁老朽化が叫ばれていますので、本欄としては今後取り上げる回数も増えるのではないかと思いますが)

写真1は、信濃川に架かる「萬代橋」全景(手前(右岸)の方が少し切れていますが)です。

 
 写真1 萬代橋全景(2011年6月23日撮影)

石造りの重厚な6連アーチ橋で、リンク先の「推奨理由」には「日本人技術者による初の空気潜函工法を用いて築かれ、充腹アーチ橋として国内最大の支間長を誇り、マグニチュード七・五の新潟地震に耐えた橋梁」とあります。(新潟地震についてはこちらをご覧ください)

この地震では、スパンごとに落橋した「昭和大橋」があまりにも有名になりましたが、唯一通行可能であった本「萬代橋」は、あまり取り上げられた記憶がありません。

本橋は、リンク先でもおわかりのように、2002年に土木学会の近代土木遺産に推奨されましたが、2004年には国の「重要文化財」にも指定されています。

       
   写真2 右岸側    写真3 立体交差

両岸には、都市計画の将来を考慮して、鉄道や道路を立体交差で通すことができるよう、小さなアーチ(写真3)が各1箇所設けられています。

         
   写真4 花崗岩による充腹状況    写真5 国道7号線  

写真1で見えない右岸の詳細が写真2と写真3です。写真3の構造はとても石積みとは思えない幅です。もちろん、この橋は石橋ではなく鉄筋コンクリート橋なのです。どこからが桁でどこからが橋脚かという区別を、腹部を隙間なく充実させて見えなくしてあるので「充腹橋」と言います。その葺いた材料が御影石(花崗岩)です。

なんと、この御影石は筆者の本拠地茨城県の現桜川市真壁産なのです。(真壁はこちらでもどうぞ。3.11震災前に訪問しました。またこれも有名です。)

この橋は新潟市本町交差点を起点とし、青森市までの国道7号線が通っています。古い橋梁としてはかなり幅員の広さが目立ちますが、これは計画時に鉄道も一緒に通そうとしていたからであるとされています。

国道7号を写真1の右の方向に歩いて行くと新潟駅に行き着く(国道7号はその手前で左に折れる)のですが、橋のすぐ近くに「万代クロッシング」(写真6)という地下道があります。(地下道というには少し大規模ですが、札幌のそれに比べるとかなり小さい)そのなかに、旧萬代橋(木造)の基礎杭などが展示されています。「万代クロッシング」の工事中に見つかったということで、初代の萬代橋はもう少し新潟駅寄りであったことがわかります。

もうすこし駅寄りに「流作場五差路」という大きな(というか複雑な)交差点があります。その歩道に写真7のような木柱が建っています。「萬代橋」と書いてあります。実はここが初代の萬代橋の右岸詰なのです。現在の右岸(写真2)とはかなり離れています。橋長は現在の2.5倍以上(約782m)であったそうです。

         
   写真6 万代クロッシング入り口    写真7 旧萬代橋  

萬代橋から逆にたどって新潟駅に着いたところで、今回の訪問記は終わりです。

 
 写真8 新潟駅万代口

おまけ。ネットで萬代橋画像を検索すると、ほとんどが右岸側からの撮影です。私もなぜかそうしてしまったのですが・・・・。

トップページに戻る

 Copyright(C) 1999〜2013 有限会社水野テクノリサーチ All Rights Reserved