岡堰と旧岡堰遺跡


関東の三大堰と呼ばれる、豊田堰、岡堰、福岡堰はいずれも小貝川にあって、本連載でもそのうち岡堰については以前旧岡堰の写真を掲載して紹介しました。
今回は、その時紹介できなかった新岡堰とその関連施設です。

平成8年完成 岡堰全景
写真1 平成8年完成 岡堰全景

この写真を撮影したとき(2009年8月11日)は、ちょうど台風9号が関東沖を通過中であり、前夜までに降った雨によって、小貝川はかなり増水していました。堰の様子を見るためにはもっと近づかなければならなかったのですが、今回の主題を違う角度に置いていたため、それはしませんでした。
その主題とは何かというと、近年急速に機運が持ち上がってきている、土木遺跡の保存ということです。
土木学会のこのページでは「土木遺産」と言っていますが、要するに歴史的土木構造物をそのままの形で保存しておこうという考えです。広く言えば、産業遺産保存ともいえます。
というわけで、ここ岡堰には、不十分ながらそうした施設があるので、身近な土木の一編として取り上げてみようと思ったのです。遺跡や伝説地を巡る試みは、別サイトこちらのページで行っていますが、産業遺跡、土木遺跡はちょっとそぐわないでしょう。

さて、この岡堰の少し上流、以前の堰のあった場所の川の中に小島があり、そこまで橋が架けられています。「岡堰中の島橋」とゲートに掲げられています。

岡堰中の島橋
写真2 岡堰中の島橋

ここは歩行者だけ渡ることができますから、中の島にわたってみます。上の写真の中央左手が中の島です。

間宮林蔵の銅像
写真3 間宮林蔵の銅像

中の島に渡るとたもとに写真3のような銅像があります。間宮林蔵の銅像と碑があります。近くに記念館もありますが、本欄の目的ではないので省略します。別サイトではご紹介していますからこちらをどうぞ(少し時期が古いのはご容赦)。

さて、中の島には、写真4のようなものがあります。左から旧岡堰の一部を切り取ったような部分、記念碑、煉瓦の塊のようなものです。

中の島展示物
写真4 中の島展示物

写真5の碑には【堰水普沃土潤 建設次官山本三郎】とあります。裏には【岡堰改築記念碑】とあり、徳川時代からの堰の歴史が簡単に述べられ、また当時の設計施工者として建設技官諸氏の名が刻まれています。余談ですが、これを見ても、最近土木学会などで話題になっている土木技術者の匿名性などは、ごく近年のことであることが想像できます。

岡堰改築記念碑 旧岡堰の一部(下流側)
写真5 岡堰改築記念碑 写真6 旧岡堰の一部(下流側)

写真6は、下流側からみた旧岡堰です。手前に通路があります。写真7は反対側(上流側)からみた様子です。

また、ここには並べて写真8のような大きな煉瓦積みの塊が置いてあります。
これは明治31年(1898年)に洪水で損壊した堰をよく年12連の煉瓦堰と煉瓦洗堰に増改築した時のものだという説明があります。【完成したレンガ堰は、有効幅員1.8メートル(十二連)のレンガ堰枠と、有効幅員5.6メートル(四連)の威容と美観はみごとで「関東花見記」のトップにのる景観でした。】ともあります。

旧岡堰の一部(上流側) 明治期岡堰の煉瓦
写真7 旧岡堰の一部(上流側) 写真8 明治期岡堰の煉瓦

最後に、先の【岡堰改築記念碑】の碑文全文を掲載します。本碑文は「小貝川の歴史を考える会」編「こかい〜小貝川とふるさとの結びつき〜」(昭和61年3月20日発行)にも引用(24〜25ページ)されていますが、かなり改変されているように見えるため、当日撮影の写真を参照解読して掲載します。そのため句読点などは、あるいはもとのままではないかもしれませんのでご承知置きください。

【岡堰改築記念碑
本堰は下総国相馬二万石の開拓を計るため、寛永七年徳川三代将軍家光が時の関東郡代伊奈半十郎忠治に命じ、洗堰三基を丸太にて築造したのが始りである。その後数度の災害を被りそのつど復旧改良を重ね、関東三大堰の一つと称せられている。
本改築は、昭和八年小貝川改修工事の起工に伴い計画され、可動堰は工費三九万円、昭和十二年二月着工同二十一年三月竣功、引上扉式十一連延長六三米純径間四二米、洗堰は工費六千有余万円、昭和二十八年十一月着工、同三十五年三月竣功、固定堰延長一00米、越流部有効巾員九二米である。
可動堰設計施工は、建設技官山本三郎、武田甚吉、多賀由高、白石竹次郎、洗堰設計施工は、建設技官中込博、宮内信智、平岡勝、岡堰普通水利組合管理者山王村長赤羽房兵衛、高野純三郎、赤羽鉄太郎、岡堰土地改良区理事長高野純三郎、中村金左衛門の諸氏が当り、幾多の困難を克服して、工事に専心又は協力し、早期完成に盡力された。その功徳をしのび後世において、本堰の運用により肥沃なる耕地の繁栄を願い茲に記念碑を建立する。
昭和三十九年四月
小貝川工事事務所長
建設技官塚原俊二 撰文】



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