霊岸島水位観測所(東京都)
PartVの2回目は、霊岸島水位観測所とその周辺を歩きます。ここは、「旧」とも言うべき場所で、現在はシンボル的になっています。ただし、観測は続けられているとのことです。現在、この役割を担っているのは油壺検潮所です。

日本の土地の高さの原点は「日本水準原点」で、本シリーズでもリンク先のように訪問したことがあります。土地の高さは海面の高さを観測して、その平均値を元に決めますから、海面の観測が出来るところ出なければなりません。「日本水準原点」は、国会議事堂の近くですから、そのような場所でないのですが、明治時代そこに陸地測量部があったことで設置されました。つまり、水位を観測したのは「霊岸島水位観測所」で、そこから高さを測量によって移設したのです。

霊岸島水位観測所は、隅田川の護岸(隅田川テラス)の入り口(写真1(2012年12月7日撮影))からすぐのところにあります。観測所は現在写真2(撮影同日)のようになっています。

   
 写真1 隅田川テラス入り口  写真2 観測所シンボルタワー

近くに説明板(写真3(撮影同日))がありましたので読んで見ました。(こちら。画面が大きいのでご注意ください。)そうしたら、実際の跡地は写真2のタワーの箇所ではなく、写真4(撮影同日)中央のテラスに立ったポールの位置だと言うことです。

   
 写真3 説明板  写真4 実際の跡地のポール

なぜこの場所が適さなくなったのかは、次のようにいわれています。もとは東京湾であったが、埋め立てにより隅田川の中という位置になってしまった。したがって、降雨などの影響により、東京湾の平均海面を決める場所には適さなくなってしまっていることがあるということです。そのため、標高0mを決定する場所は、油壺験潮所となったのです。

テラスを歩いて先に進むと、目の前に中央大橋が現れてきます(写真5(同日撮影))。そのまま行くと橋のすぐ脇に小さな花壇があり、水準点らしき石がありました(写真6(同日撮影))。これが「一等水準点交無号」でした。国土地理院の説明はこちらです。霊岸島水位観測所から、この水準点に高さを移し、そこから日本水準原点に移したと言うことです。となりにある説明板の拡大写真はこちらです。

   
 写真5 中央大橋  写真6 一等水準点交無号

順序は逆になりましたが、水位観測所から陸に上がって水準原点までを訪問したことになります。あとは、「日本経緯度原点」を訪問してみようと考えていますが、何時のことになるでしょうか。

ちなみに、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震によって、日本水準原点も影響を受け、それまでの東京湾平均海面上24.4140mという値から、同年10月21日に、東京湾平均海面上24.3900mと改定されたということです(日本水準原点建設当初は東京湾平均海面上24.500mであり、関東大地震で先の値になっていた)。

このあたりにある土木構造物としては「亀島川水門」がありますので、その紹介も付け加えておきます。写真7(同日撮影)は霊岸島水位観測所をとおして眺めた水門です。写真8は上流側からみたものです(逆光で少し光が入ってしまいました)。

   
 写真7 亀島川水門下流側  写真8 亀島川水門上流側

この水門についても、説明板があります。こちら。(これも画像が大きいのでご注意ください。)

亀島川は、中央区にある霊岸橋付近で日本橋川から分かれ、亀島橋を過ぎたあたりで写真9(2012年10月26日撮影)のように南東に折れます。遠くに亀島川水門が見えます。その亀島橋のたもとに、写真10(2012年10月26日撮影)のような「この地に移住し功績を伝えられる人物」と表示のある説明板があります。

   
 写真9 亀島川  写真10 亀島橋のたもと

写真10の説明板も拡大版を掲載しました。左側の人物は「伊能忠敬」です。この辺りに住んでいたのだそうです。興味深いのは、この説明板の左に、建てた組織の名が在りますが、何と「中央区土木部」です(現在では「環境土木部」と言うようです)。「伊能測量」については、本欄連載のこちらで紹介しています。

こうしてあちこち歩き回るのは実に楽しいのですが、東京ではどこから撮影しても巨大なビルが背景に入ってしまうので、なかなか写真とするのが難しくて残念です。
しかし、歩け回ればどんなところにも「身近な土木」があるということは、一面嬉しいことでもあります。


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