三居沢水力発電所
身近な土木の今回は、宮城県仙台市の市街地にあり、明治時代に日本で最初の発電所として生まれ、現在も電気を供給し続けている三居沢(さんきょさわ)水力発電所です。

水力発電所といえば、通常は巨大なダムに水をため、急勾配の管渠で落下させたエネルギーで発電機を回転させ、発電するものです。中には、このシリーズでご紹介した地下発電所のような施設もあります(こちら)。

いずれにしてもダムそのものは川の上流の山岳地帯に造られるので、水力発電所もなかなか「身近かな」ものとは言えません。このシリーズでは、首都圏での「身近なダム」である宮ヶ瀬ダムをご紹介していますが、発電用のダムではありません。

そんな中で今回ご紹介する三居沢発電所は、山の中でもない、ダムもない、しかも日本で最初の発電所で在りながら現在も電力の供給を続けている現役の水力発電所です。

まずアクセスです。
宮城県仙台市には、仙台市交通局が運行する仙台市内の観光スポットを循環する路線バス、「るーぷる仙台」(写真1)がありますが、仙台駅前を出発して青葉城などを廻り約45分で「交通公園・三居沢水力発電所前」につきます。バス停は「牛越橋」前にありますから、広瀬川に沿ってすこし歩くと仙台交通局川内営業所があります。(「るーぷる仙台」以外の路線バスでは、この川内営業所行きに乗ります。約30分でつきます。)
その手前から左側を見ると目指す三居沢発電所が見えます(写真2中央の白い建物が三居沢電気百年間)。このように、市内観光ルート上にあるほど「身近な」発電所です。

         
写真1 「るーぷる仙台」のバス(2014年8月20日撮影) 写真2 川内営業所バス停より発電所を見る(2014年8月21日撮影) 

写真3は発電所建物の外観です。中には入れませんが、入り口右側に「登録有形文化財」である表示があります(写真4)。

 
写真3 三居沢発電所立屋(2014年8月21日撮影) 写真4 登録有形文化財の表示(2014年8月21日撮影) 

写真4の表示には、次のようにあります。
【東北地方最初の発電所。本建屋は1908年(明冶41年)に建てられた木造平屋建、下見板貼のほぼ正方形プランの立屋。寄棟屋根の中央部を一段高く上げた切妻屋根と平の面の前面明り取り窓が特徴。棟札より棟梁伊藤今朝五郎脇棟梁伊藤利三郎が判明している。文化財保護法の規定により、平成11年8月23日付けをもって文化財登録原簿に登録。 東北電力株式会社】

建屋のとなりには写真5の「三居沢電気百年館」があります。その前庭には「水力発電発祥之地」という石碑があります。異説もあるようですが、この発電所は日本における最初の水力発電所が母体であることは間違いないようです。

 
写真5 三居沢電気百年館(2014年8月21日撮影) 写真6 「水力発電発祥之地」の碑(2014年8月21日撮影) 

早速、三居沢電気百年館に入ってみました。1階には、大きなガラス窓があり、となりの発電所立屋の一部もガラス張りになっていて、中が見えるようになっています。発電所の中には発電機があって、現在も休みなく1,000kWの発電を行っているのがみえます(写真7)。パンフレットによれば、変圧器出力30,000kVAの能力をもち、1978年からは無人化され、遠隔操作によって運転されているとのことです。

この発電機などは、日本機械学会「機械遺産」 機械遺産 第26号にも選定されています。その説明文が簡便で要を得ていると考えられるので次に引用します。

【三居沢発電所は、1888(明治21)年に宮城紡績会社が我が国で最初の水力発電により電灯の明かりを点した発電所である。その後、水車発電機の容量変更などを経て、1910(明治43)年より運転を継続している現役の水力発電所であり、1951(昭和26)年に東北電力株式会社が継承した。
建屋は登録有形文化財に指定されている。発電所出力は、最大1,000kW、常時290kWで運転しており、動態保存と言うのがふさわしい。 1978(昭和53)年に遠隔監視制御化されているが、発電機は1924(大正13)年に更新されたシーメンス社製三相3,300Vのもので、一部原型を残す形で使用されている。発電所の水圧鉄管は更新されたものであるが、それに隣接して当初の水路跡のレンガ構造物が残存している。
隣接した三居沢電気百年館からは、稼動中の発電所内部が観察できる。また、ここには発電所の当初に使用されたものと同型の工部大学校設計の5kW直流発電機が保存展示されているほか、発電所施工図面など、東北の電気に関わる先人達の紹介、電気史記録映画(ビデオ)の視聴設備と併せて、東北の電気史が理解できるように工夫されている。また、余剰電力を用いて1902(明治35)年我が国で初めて電気炉によるカーバイト製造に成功しており、その意味でもこの施設(及び遺構)は貴重な存在である。】

展示室中央には、直流発電機のレプリカが置かれていて、これが上記説明文の「工部大学校設計の5kW直流発電機」で、この発電所の母体、宮城紡績会社工場にはじめて設置され電気の明かりをともしたものだそうです。

 
写真7 ガラス窓越に発電所をみる(2014年8月21日撮影) 写真8 東北にはじめて電気をともした発電機(2014年8月21日撮影) 

三居沢電気百年館は2階建てで、2階は子ども向けの「水と森のたからばこ」という施設になっていますが、テラスから発電所裏の山を見ることが出来ます。

テラスに出てみます。ここからは現在使用中の水圧鉄管と、すでに使われなくなった水路トンネルの坑口を見ることが出来ます。これまでは重電の趣でしたが、これで漸く「身近な土木」の感じがしてきました。

 
写真9 水圧鉄管と水路跡坑口(2014年8月21日撮影) 写真10 水圧鉄管(2014年8月21日撮影) 

残念ながらトンネル現地には東北電力本社の許可無くしては行けません。写真11は、出来るだけアップにしてみたところです。煉瓦済みで明冶の面影があります。

 
写真11 水路跡坑口のアップ(2014年8月21日撮影) 写真12 発電所屋根の鴟尾(2014年8月21日撮影) 

次の文書には、土木と建築についての記述が多いので、長いですが引用します。但し、内部の建築的な部分は省略してあります。

東北歴史博物館編著『宮城県の近代化遺産宮城県近代化遺産総合調査報告書宮城県文化財調査報告書第190集 』宮城県教育委員会2002年より引用。(全文はこちらのページ中段「建造物関係の報告書」から読めます。)

【仙台市青葉区三居沢における電気事業の歷史は古く、その起源は明治17(1884)年に操業を開始した宮城紡績会社にまで溯る。 明治21(1888)年、同社は紡績機用水車タービンに5kwの発電機を取り付け、白家用照明点灯を主目的として日本で初めての水力発電を行った。 その後明治27(1894) 年には30kWの発電機を導入、社名を宮城水力紡績会社と改め発電事業を開始、 また同時に仙台電灯会社を設立し、 仙台市内への配電電灯事業を開始する( なお仙台電灯会社は明治33(1900)年に宮城水力紡績会社に合併される)。
開業当初、三居沢での発電は紡績機の水車を利用して行っており、 この地に初めて本格的な発霞所ができるのは明治29(1806)年になってからであった。 その後明治33(1900) 年には600kWの発電所を新設、さらに同社の紡績部門が廃止された明治42(1909) 年には1,000kWの発電所を新たに建設する 。 現在の三居沢発電所にはこの時の建造物・構造物が数力所遺っている。

<取水堰制水門・ 沈砂池拱渠>
発電に利用される水は青葉区郷六の取水堰から取り、0.4km離れた沈砂池へ導かれ、沈砂を行った後に導水路に送られる。これらの取水設備は明治43年当時から位置の変更はないが、ほとんどの設備で改修が行われており、往時の姿は取水堰の制水門・ 沈秒池の拱渠などでみられるのみとなっている。
取水堰の制水門は練瓦造の4連水門。坑門は笠石と帯石の部分に凹凸が付くのみの簡素な意匠である。また沈砂池制水門の下に沢水を通すために作られた拱渠は、三重アーチの煉瓦造で壁柱が付く意匠となっている。拱渠内部を見ると、制水門の直下部を一段低くし、その部分にアーチをさらに設けている。なお沢水はこの拱渠を通り、沈砂池の排砂路に繋がる。

<発電所建屋・放水ロ>
青葉山を貫通して導かれた水は2km先の三居沢の水槽に送られる。ここから落差26.67mで発電所へ送水され、発電が行われる 。
発電所建屋は明治41(1908)年10月に上棟、明冶42(1909)年3月に竣工した。 木造平屋建て、寄棟造不燃シングル葺き(もとスレート及び石綿葺き)、中央を突出させて越屋根状にしている。後方には半間ほどの下屋が取り付く, 外部は腰までが煉瓦、その上が下見波貼りのペンキ塗りとなり、開口部上下開閉窓の上にアーチ型の小窓が付く。なお正面右手寄りに付く三角ペディメント屋根の玄関、見え掛かりの柱に施されるフルーティング、軒蛇腹などに洋風の要素が確認できる。
内部の架構は複雑で、外観上越屋根に見える部分を中心としてその廻りに庇を出したような構造となっている。(中略)このように洋風手法が多く用いられているものの、越屋根にのせた鴟尾(筆者注。写真12)や複雑な小屋組など、設計者独自の解択が見られる点で興味深い建築である。(中略)また建屋下部には煉瓦造放水坑門がある。アーチ部は石造で、大小の石を交互に配した歯車状の意匠としている。しかし古写真をみるとその形状は異なっており、ある段階で改修が行われた可能性がある。(筆者注:放水口は現在全面に鉄網が張られて、中はよく見えなかった。)

<旧隧道及び水槽>
建屋から水槽へ登る階段の中腹には明治33(1900)年に建設された発電所の放水隨道跡が造っている。煉瓦造三重リング積み、坑門には帯石と隅石が施される。またその上部にはメンテナンス用と思われるアーチ開口が大小2つあり、大きいアーチは三重リング、小さいアーチは二重リングとなっている。なお坑門には壁柱が付き、さらに帯石・笠石部に凹凸をつけるなど、明治42年に造られた煉瓦構造物に比べて手の込んだ意匠となっている。
内部をみると、導水路や余水吐などのアーチが複数確認できる。しかしアーチリングの重数やアーチの納め方に統一性はなく、現在の建屋と同様に設計者の独創性が感じられる形状となっている。
【関口重樹】】

 
写真13 変電設備(2014年8月21日撮影) 写真14 展示物を説明してもらう(2014年8月21日撮影) 

三居沢電気百年館の脇には変電設備があり、現在工事中(写真13)でした。来年地下鉄が開通するとマンションなどの増加が見込まれるための増強とのことでした。

なお、これらのことを予約訪問でないにもかかわらず非常に丁寧に詳しく説明していただいた係の方に感謝いたします(写真14)。

以下はおまけです。
発電所の奥に赤い鳥居が見えたので行って見ました。三居沢大聖不動堂というのだそうで、裏手に滝がありました。当日は渇水期まっただ中で水量もご覧のとおりでしたが、季節によっては堂々たる流れになるようです。しかしながら、本欄には余り関係が無いのでこれまでとします。

 
写真15 三居沢大聖不動堂(2014年8月21日撮影) 写真16 御滝(2014年8月21日撮影) 


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