陣馬街道の土木

 東京都八王子市で甲州街道から分かれた陣馬街道は、西へ約10 Kmで上恩方町を通ります。ここは童謡「夕焼け小焼け」の作詞者である中村雨紅が、明治301897)年にこの地に産まれたのにちなんで「夕焼け小焼けの里」と呼ばれています。宮尾神社の境内に地元の友人が雨紅の還暦を祝って建立した直筆の歌碑があります。
 ここを過ぎると、和田林道に入ります。和田林道はハイキングコースで有名で、乗用車も入れますが、日祭日は一般車両通行止めです。和田峠には有料駐車があります。この峠から南に
1 Kmで陣馬山です。
 陣馬山はいつからか陣馬高原の名で呼ばれており、四季を通じて家族連れ、若者のハイカーなどでにぎわっています。頂上からの展望がすばらしく季節ごとの美しい自然に接することができる、都心に近い適当な距離であるからといわれています。
 この山頂には巨大な白馬がいるそうです。
 さて、今回は陣馬山には行かず、そのまま和田林道を藤野町のほうに南下し、その途中で目に付いた土木施設を
3箇所ご紹介しようと思います。

 最初は上の写真です。銘版には「コンクリート谷止」とありますが、いわゆる砂防ダムでしょう。上流まで何段も続いています。昭和54年の施工です。

 次は、少し下ったところに見つけた物です。これも銘版を見ると、「陣馬山通信専用橋」とあります。なんと橋だったのです。昭和48年日本電信電話公社が施工したのだそうです。

 最後は、ずっと下って中央道の手前です。
 近代的な曲線を描くトンネルがありました。沢井トンネルです。銘版には「澤井隧道」とありますが、地図では前者の表記でした。

 良く見ると入り口と出口の形状が違います。入り口から照明2個分奥に断面の変化点があります。また銘版を見ると「平成9年度災害防除工事」とありますから、入り口付近が崩れたかしたのを補強したのでしょうか。そういえば周囲も新しい感じがしますし、先ほどの銘版に「L=10.0m」ともあります。上空の岩盤もちょうどそのあたりですから、この部分だけトンネルを長くしたのでしょう。中に入ると古色蒼然としていますが、狭いですから歩いては車両通行が非常に危険です。私は徐行で通りました。
 このトンネルは、プレキャスト工法のトンネルで一般名『モジュラーアーチ』といいます。山に穴を掘るのではなく、工場で作ったアーチ状の部品を組立て、その周囲に土を盛ったものです。商品名では『モジュラーチ工法』といい、フランスのマティエール社が開発したものを日本に技術導入したものです。盛土した道路の下などにトンネルを設けなければならない場合は多いですが、そのようなところに使われています。


 ちなみに、昭和
48年=1973年、昭和54年=1979年、平成9年=1997年です。

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