土 木 語 典 

 「古ヘ、イエル事アリ、語典ニ渡ラサルハ、智者ノ所談ニ非スト」(塩山和泥合水集)
土木の語源 
 さて、「土木語典」の第1回は、我々の属する世界、「土木」について、です。

 英語のCivil Enginineering が、どうして「土木(工学)」という日本語に置き換えられたのかを探るところから開始します。

 公益社団法人土木学会のトップページに、次の説明が掲げてあります。

【土木(Civil Enginineering)とは 「市民のための工学」あるいは「市民の文明的な暮らしのために、人間らしい環境を整えていく仕事」を意味する言葉です。】

 これだけでは、「土木」の由来はわかりませんし、サイト内には説明がないようですので、当面、土木学会編の『土木用語大辞典』(1999年2月15日1版1刷:私の所有しているもの)にはどのようにあるでしょうか、調べてみます。
 全文の引用では長くなるので、要約して示します。

@ 土木という言葉は、諸橋徹次著『大漢和辞典』によると、中国春秋時代の歴史書である『國語』の中 の晋語の「今土木勝」がもっとも古い出典であるといわれている。
A その後の中国文献には、「土木営建」、「禾稼土木」等とあるが、いずれも現在の家屋敷をつくること で、つまり『建築』を意味する言葉である。
B 唐代になると「掌土木工匠之政、掌城池土木之工役」、宋代には「凡土木工之制」等、建築的要素が 強いものの土木の意味も含む言葉となった。
C 中国の古い文献では「土功」という言葉が現在わが国で使われている「土木」と同義語として使われ ている。
D 日本でも「普請」という言葉が定着するまで使われた。昭和時代になっても「幌向土功組合」等と使用 されている例もある。
E 「土木」という言葉が使われだしたのは平安末期で、この時代の古代国語辞書『色葉字類抄』に「土  木、技芸、トボク、工匠又造作名也」とある。
F 文献に現れた例として、『権記』の1002年記事に「不費土木之功力』、『兵範記』、『吾妻鏡』『方丈記』 にも土木が出てくる。
G これらの例は、いずれも家づくり,つまり建築という言葉と同義である。
H さらに鎌倉時代以後に仏教語から出てきた「普請」という言葉が土木と同義語として江戸末期まで使 われてきた。
I 幕末の『武家名目抄』に普請、作事、の説明に土木という言葉が使われている。
J 明治新政府は1870年「土木司」を置いたが、これから土木という言葉が定着していった。
K その後、土木改名論がたびたびあったが代るべき言葉が見あたらず今日に至っている。 

 少々長くなりました。昔は「土木」と「建築」は、ほぼ同一の意味であったこと、明治新政府が役所名として「土木司」を置いてから土木という言葉が定着したことがわかります。

 そこで、もう少し詳しい解説はないかと探してみると、土木学会関東支部トップページに、次のように見えます。
【「土木」という言葉の語源となったのが『淮南子(えなんじ)』という本であります。紀元前2世紀頃の本だと思いますが、その13巻に(中略)記載されている『築土構木』という言葉、これを明治時代の先人が詰めて「土木」として、われわれのグループの名前にされたわけです。(土木学会・新土木図書館会館記念式典 前 丹保憲仁会長 記念講演より抜粋)】
 少し詳しくなりました。
 しかし、上記で要約した『土木用語大辞典』の@〜Iまでには、『淮南子』という本も『築土構木』という言葉もありません。

 ちなみに、『淮南子』とは、【前漢の武帝の頃、淮南王劉安(紀元前179年 - 紀元前122年)が学者を集めて編纂させた思想書。日本へはかなり古い時代から入ったため、漢音の「わいなんし」ではなく、呉音で「えなんじ」と読むのが一般的である。(Wikipediaより)】なのだそうです。

 この記念講演会は2002年5月13日に新土木図書館講堂で行われ、全文は『土木學會誌』(第87巻第8号 2002年8月)に掲載されています(Web上のバックナンバーでは学会員以外は残念ながら閲覧できません)。すなわち、『土木用語大辞典』が刊行されてから少なくとも3年経過している時期です。この間に新たな発見があったのかもしれません。

 以上については「土木学会平成26年度全国大会社会コミュニケーション委員会討論会 資料 」に、図とともにコンパクトにまとめられています(開催は2014年9月10日〜12日)。この資料には【「土木」と「Civil Engineer」の概念と語義の変遷(2014年9月10日) 】という表があり【〔前漢〕「淮南子」“聖人乃作、為之築土構木、以為宮室” 】との記述があります。土木の語源として良く言われる「築土構木」については、「淮南子」という本ににあるよ、と言うわけです。
 また、このときの「前土木学会専務理事 古木守靖氏講演レジュメ(2014.9.10最終版)」には、
【土木「築土構木」由来説は明治以降日本でのことらしいこと
・最も古いのは1903年(M36)の「漢和大字典」(重野安繹ほか)?
・専門家の発言では、近藤泰夫氏の論説(1975年)である。(引用者注※)】
と、あります。

 結局の所、だれが英語のCivil Enginineering を、「土木(工学)」という日本語に置き換えたのかはわかりませんでした。

 改めて、『淮南子』の当該部分(巻13)を示してみます[楠山春樹:淮南子(中)明治書院]。(PCに出てこない漢字は現代字に置き換えてあります)。
「古者民澤處復穴,冬日則不勝霜雪霧露,夏日則不勝暑熱蚊虻。聖人乃作,為之築土構木,以為室屋,上棟下宇,以蔽風雨,以避寒暑,而百姓安之。」

 同書より訳を引用します。
「むかし民は、湿地に住み、穴ぐらに暮らしていたから、冬は霜雪・霧露に堪えられず、夏は暑さや蚊・虻に堪えられなかった。そこで聖人が出て、民のために土を盛り材木を組んで室屋を造り、棟木を高くし軒を低くして、雨風をしのぎ、寒暑を避けるようにさせた。かくて人々は安心して暮らせるようになった。」

 なるほど、とは思いますが、これでは「築土構木=土を盛り材木を組んで室屋を造り=土木と建築」となり、土木の語源としては、少しく不適当ではないでしょうか。

 同じような指摘が次の論文にあります。
「わが国および中国における「土木」の語義の歴史的変遷に関する研究」(藤田 龍之、土木学会論文集No.458/W-18、pp.147〜156、1993.1)に、前記の現代語訳を引いて【これより, 「築土構木」とは単に盛り土して家屋を造るという意味で, 『国語』や『列子』で示した「土木」と同じであり, 無理に「築土構木」を「土木」の語源とすることはないと考えられる.】
 また、同著者は、これに先立ち「“Civil Engineering”の語義および日本語訳の歴史的経過について」(日本土木史研究発表会論文集1988年第8回)の中で、【これらのことにより日本で発行された英和辞典において、“Civil Engineer”の訳語として「土木」あるいは「土木工学」という言葉が(中略)現在と同じような訳語として成熟したのは明治の末と言って良い。】とされています。

 また、この問題に興味のある方はおられるようで、次のような質問が土木学会のサイトにあります(2013.12.14)。回答(2014.3.27)も同じ人で、結局わからないと言うことですす。
 【「築土構木」という言葉がいつごろから土木界で引用されたのか、土木学会事務局で調べてみました。土木学会関係の文献で最初に現れたのは、1975年10月の関西支部の支部便りに掲載された、近藤泰夫氏(※)の論説です。ただし近藤氏も「土木の字句の発想は中国に著作された漢書淮南子にみられる「築土構木」を出典とするという。」ということで、伝聞とされています。】



以上、本稿の結論として次の通りまとめます。
@ だれがいつこの訳語を選択したかは不明である。
A「土木」が『淮南子』の「築土構木」からきているという論は、かなり曖昧さが残る。

 『土木用語大辞典』にあるよう、「土木」と二字熟語そのものの用例がたくさんあるのにそこからとられず、「築土構木」から1文字おきにとられた理由はなんでしょうか、わかりません。
 
 また、本質的な疑問として、明治時代とはいえ、河川工事やトンネル工事など当時としても大型土木工事が行われていたにもかかわらず、「盛土し家を造る」という比較的小規模な工事の構文から選定したのかということもあります(この点は、京都大学土木会会長小林潔司先生が、平成27年6月13日の会長就任挨拶で「いささか話が小さい」というお話しをされています)。

 考えてみれば謎の残る「土木」でした(自分の考察が不足か?)。

2022.02.18、 2022.02.19抜け字及び小林先生談追加

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