土 木 語 典 

 「古ヘ、イエル事アリ、語典ニ渡ラサルハ、智者ノ所談ニ非スト」(塩山和泥合水集)
隧 道 
 「土木語典」今回の話題は「隧道」です。「隧道」は通常「ずいどう」と読み、トンネルのことです。

【1】国土交通省サイトの「道路についての定義・用語」には次のようにあります。
【質問
トンネルと隧道(ずいどう)の違いを教えてください
回答
トンネルと隧道(ずいどう)の呼称については、呼び方に違いはありますが、同じ意味であり、違いはありません。古くは、「隧道」と呼ばれていましたが、最近では、一般的に「トンネル」と呼ばれることが多くなっているようです。】


【2】また、鉄道技術用語辞典(鉄道総合技術研究所編 丸善 1997-12)355では次のようです。
【隧道/ずい道《ずいどう》
 tunnel
トンネルの日本語。昭和期の前半ごろまでは隧道と書いていたが,当用漢字外の漢字をかな書きするようになってからはずい道と書くようになった。1970年ごろからは正式な名称として[トンネル]が使われている。
 隧道の正しい読み方は[すいどう]であるが,[鉄道関係者が水道とまちがえないようにずいどうというようになって,いつのまにかずいどうが正式な読み方になった]といわれている。広辞苑には[ズイドウとも読む]と書かれている。】

【3】もう一つ、土木学会の「JSCE.jp for Engineers」には次のような問答があります。
【#417 Re:トンネルの名前の由来について
投稿者:dom | 投稿日時:2003-12-05(金) 10:18
ユーザー dom の写真
 私が以前調べた書物などによれば次の説が有力のようです.
 この「隧道」は、春秋左氏伝では「墓穴に通じる道」の意味で記述されていたので,これでは縁起が悪いということに気づき,昭和40年前後のトンネルからすべて「トンネル」と呼ばれるようになったようです.ちなみに,明治初期の書物、例えば高見沢茂『東京開花繁昌記』のなかで隧道の読みに「トンネル」があてられていたのをはじめ、英語のtunnelの訳語に「隧道」が使用されるようになると、「隧道」が現在と同義の「山腹に穴を掘って通じた道」の意味となったようです.
【注釈:春秋左氏伝】
 五経のひとつである春秋(孔子著)は意と(ママ;意図)を汲み取ることが難解であっため,後世に3つの解釈書ができました。これを春秋三伝といい、春秋左氏伝はそのうちの一つです.】

 さて、明治期に英語を日本語に置き換える事が行われました。「トンネル⇒隧道」もそうかと思われるでしょうが、実は上記【3】にあるよう、これは中国語からとられた言葉です。日本で最初に「tunnel」を「トンネル」として日本に紹介したのは、かの福澤諭吉です。福澤諭吉と来れば慶応義塾大学で、「デジタルで読む福沢諭吉」の中に「條約十一國記」があります。

 ここには「慶応三年までにわが国と条約を交換した十一ヶ国、アメリカ、オランダ、イギリス、ロシヤ、フランス、ポルトガル、プロシヤ、スイス、ベルギー、イタリー、デンマークの各国について、極わめて簡略な紹介をした小冊子である。」と説明があります。

 この中に以下のような一節があります。つまり、これが「トンネル」の初出であるとされています。訳したというよりそのまま日本文字に置き換えたということです。
 
 「條約十一國記」福沢全集第2巻 195ページ

 一方、琵琶湖疏水で知られ、日本の近代土木工学の礎を築いたといわれる工學博士 田辺 朔郎の著書に「とんねる」(丸善株式會社 大正11(1922)年)があります。
 土木学会付属土木図書館サイトの「戦前土木名著100書」で読めますが、田辺博士はその冒頭(序)に面白い逸話を書かれています。以下は要約です。

 『あるとき「隧道」と書いていたら友人が「「隧」字の下に「土」がない。隧道で土が落ちては縁起が悪い。」という。「「隧道」の「隧」字はこれで間違いは無い。」と言ってもなかなか承知しない。」いろいろ調べても決着しない。そこで、こんな漢字でも仮名でもローマ字でも難しい名称を使用するより「とんねる」とするほうが一番平易でわかりやすいから本書を「とんねる」とした次第である。』 (私も「角川大字源」やネット上の「漢字ペディア」などを調べてみましたが、下に「土」のある「隧」は見当たりませんでした。)
 
 田辺博士の著書ではこのように「とんねる」としたにも関わらず、日本では長く「隧道」が正式名称になってきました。(もう一冊、工学博士 平山 復二郎著「トンネル(岩波全書、106)」株式会社岩波書店 昭和18(1943)年が、「隧道」を使っていません。ちなみに平山博士は昭和34(1959)年に日本技術士会会長になっています。)

 以上、いろいろ寄り道をしながら「tunnel」の日本語表記を調べてきましたが、腑に落ちない点がいくつかあります。

@ 前記【2】「鉄道技術用語辞典」では『「隧道」の読みは正しくは「[すいどう]であるが,[鉄道関係者が水道  とまちがえないようにずいどうというようになって,いつのまにかずいどうが正式な読み方になった]とい  われている。』とあります。「いわれている」ですから確かなことではないようです。

 まず読み方ですが、「ずいどう」も正しい読み方のようです。フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」の「トンネル」では、『 呉音では「ずいどう」、漢音では「すいとう」となる。』とあります。「呉音」の方が「漢音」より古くから日本に定着していたということですから、むしろここで正しくは「ずいどう」になるのではないでしょうか。そうであれば、「水道とまちがえないよう」という説には首をかしげざるを得ません。山にあけた大きな穴と、道路の下に埋設された小さな管で配水される水道と、どうしたら間違えるのでしょうか。【1】にあるよう、国土交通省では「ずいどう」をとっています。

A もう一つの説、【3】で紹介されている『春秋左氏伝では「墓穴に通じる道」の意味で記述されていたので  これでは縁起が悪いということに気づき、昭和40年前後のトンネルからすべて「トンネル」と呼ばれるよ  うになったようです。』についてです。

 そこで「春秋左氏伝」を読んでみました。「新釈漢文大系30 春秋左氏伝」(鎌田 正 著 1971年 株式会 社明治書院)の388ページから389ページに(煩雑なので前後は略します。)「戊午、晋候、王に朝す。王享して礼あり。之に宥を命ず。隧を請う。許さず。曰く、王章なり。」(同書訳:戊午の日に、晋の文公は王のもとに参上すると、襄王は饗礼を行って醴酒を賜り、さらに引き出物を下された。すると文公は天子の用いる隧礼を用いることを許していただきたいと願い出たが、襄王はお許しにならず、「それは王者の用いる礼である。(以下略))つまり、そうした隧道を使えるのは王者のみであるから許せないというのでした。

 さらに本書「語釈」には「隧 はかみち。棺を運ぶために平地から斜めに墓の中へ掘り下げる通路。天子のみの用いる葬礼。」とあります。確かに「墓穴に通じる道」ではありますが、「王者の用いる礼である」のですから、それほど縁起が悪いとも言えないのではないでしょうか。

 実際のトンネルではどうなっているでしょうか。

 青函トンネル(1988(昭和63)年開通)には写真のような扁額があります。書は、青函トンネル貫通時の内閣総理大臣中曽根康弘です。(出典:フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」)
 
 前記【2】に「1970年ごろからは正式な名称として[トンネル]が使われている。」とありますが、そのかなり後でも「隧道」が使われていたことがわかります。

 今回は、トンネルの定義などには触れませんでした。興味のある方は、一般社団法人日本トンネル技術協会のサイトをご覧下さい。

結論:トンネルは「隧道(ずいどう)」のままで良いのではないでしょうか。

2022.07.05

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