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技術士のひとりごと2005

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2005年12月16日

 ようやく「構造計算書偽装問題」の国会証人喚問がありました。たまたまはリアルタイムで見る時間があり、これはやはり表情やしぐさがよくわかってすごいと感じました。しかし、構造計算書の偽装がことの本質ではないこともわかりました。
 
 これはもう関係者誰もが知っていて知らないふりをしているとしか思えない状況です。黒幕は誰だという見方がマスコミには強いようですが、安く作って売れば必ず買い手がいるという、気の毒ではありますが被害者住民まで入った知らないふり連鎖が破綻したのでしょう。高い買い物をするのですから売主を調査することぐらいはしたのでしょうが、それよりも周辺物件より格段に安いことのほうが重要であったり、図面と建築確認があるから少し鉄筋が少ないなと思っても検証などしないでどんどん仕事を進めた現場の技術者であったり、次から次とくる申請書を右から左に流していただけのような建築確認期間の技術者であったり、法よりコストだと脅しをかけていた建築会社であったり、もっとよい「手ぬき」のやり方があると「コンサルティング」していた会社であったりした、関係者すべてが、何かありそうだが言葉に出していないから知らなかったとして済まそうとしていたのかもしれない状況です。
 喚問の席には登場しませんでしたが、大手ゼネコン出身の一級建築士、チーフコンサルタントがその連鎖をよく知っているのではないかという印象もあります。何しろそのコンサルタント会社のコンサルタント紹介のページ(今は閉鎖されていますが、ネット上ではキャッシュが広まっています)では「第一人者」としていたくらいですから。

 それにしてもわからないのは、(経営事項の審査も民間になったとたん早くなったように)建築確認が早くなった、それは単に公務員の仕事が遅かったからなのか、誰か疑問を持たなかったのでしょうか。ここにも知らないふりをしている関係者が存在しそうです。「知らなかった」というのは本当でしょうが、本当は「知る努力をしなかった」と表現すべき内容でしょう。

 長いこと技術者をしていると、理由より先に「あれ?」と思うことがあります。機械の音や、図面を見ているときや、測量杭の並び方など、何か引っかかったような感じがする時は、見直してみるとたいてい何かの間違いをしています。直感は経験から醸成されるもので、一朝一夕には身につきません。上に上げた中で、購入した方を除いては、みな経験のある技術者です。どこかで必ず誰かが「あれ?」と思ったはずです。こう誰もが「知らなかった」を連発すると、逆にみな知っていたのではないかと言う想像が働きます。

 倫理とは、ずっと遠くの人を見ることができるかどうかだといつかこの欄で書きましたが、住んだり宿泊したりする人のこと(すぐ近くの人ですが)を見ないでしまった技術者は、これはもう「知る努力をしなかった」どころか確信的に「知ることを拒否した」こととなるのではないでしょうか。
 それともこの日本社会は「知ることを拒否した」人だけが生きてゆける(拒否しない人=自分で考える人には、仕事はお前だけができるわけではない、ほかにもいる、といって脅す)様になってしまったのでしょうか。
 今朝の報道では、まだ偽装していた建築士がいるようだとされています。まだまだ終わりません。責任の「所在」の追及より「責任者」の追及に終始してしまわなければよいのですが。

 14日は赤穂事件の日なので、岩波文庫「元禄快挙録」(福本日南著)について書こうと思っていましたが、その前に「構造計算書偽装問題」の件をまとめるのが先であると、考え直しました。


 
2005年11月30日

 汐留を見てきました。1区B街区の「汐留シティセンター」の敷地に旧新橋駅(日本鉄道発祥の地)のプラットホームが復元され、少しですが遺構も見えるとの事だったので、仕事の合間に立ち寄りました。1996年12月10日に国の史跡に追加指定されており、鉄道歴史展示室もあるのですが、時間の関係で、そちらまではいけませんでしたが。
 高層ビルが立ち並び、土曜日とあって人出も多く感じられましたが、遺構を写真に撮っているのは私一人で、見ている人もいませんでした。

 復元された始点です。

 このレールは、当時のそのものではなく新日本石油加工株式会社柏崎工場で使用されていた1873年英国製だそうです。7mあまりが復元されています。
 当時は、左写真の奥のように、枕木をバラストで隠してしまうような方法がとられていたようですが、復元は、よく見えるようにか、手前のような具合になっています。
 プラットホーム脇に地下が見える見学窓があり、遺構が見えるようになっています。下の写真です。

 このような土木遺産が、近年あちこちに保存、復元されてきています。折を見てたずねていますが、あまり一般の人の興味を引いているようには思えないのが残念です。手元にはそうした時に撮った写真がたまっていますので、本欄でも時々ご紹介することにします。

 


2005年11月19日(12月3日補足)

 1級建築士といえば、唯一技術士に部門のない技術分野、建築の最上位の資格です。なぜ、建築分野が技術士からもれたのかの理由を私は知りませんが、おそらく技術士が出来る時にはもう建築士という資格が権威ある資格として確立していたからだと思います。
 
 技術士と違い建築士は業務独占資格ですから、ビルを建てようと思えば、建築士が関与せざるを得ません。その建築士が構造計算を偽造し、ばれると、「簡単なチェックで解るものだ」というコメントを発するとは、どのような感想を書いてよいやら唖然として言葉もありません。コストダウンの圧力に負けたけれども、どこかで自分のやったことが発見され、事態の進行がとまる、と考えていたのが、そうはならなかったのでしょうか。
 技術者の倫理とは、ずっと遠く(時間的に)の人のことを考えることだという論を、かつてご紹介しましたが、この建築士は、いつか地震が来て自分の作品で人が死ぬかもしれないとは思わなかったのでしょうか。思わなかったのでしょう。そんな、「いつか」など遠いことには注意を払わなかったのでしょう。いま、たくさん仕事が来て儲かればそれでよいとしか考えてはいなかったのでしょう。ですから、壊れることがあるかもしれないこと自体、想像できなかったのでしょう。あるいは、もっと確信的に、承知の上であったのかもしれません。これはもう、技術者ではなく単なる書類偽造屋(プログラムに手を入れていた疑いも出てきましたが、現時点でははっきりしません)です。そうした人が、「1級」であったとは。(何しろ本人が、旧石器捏造の時と同じく、でてきていないのですから、「なぜ」「どのように」の部分はあいまいです)
 なんとなく以前の旧石器捏造を思わせますが、事は人命・財産にかかわるのですから、責任追及だけでなく絶対的解決がほしいところです。もちろん、責任の所在特定と追求は何はともあれ必要ですが。
 ほんの少しの救いは、ビルが壊れてからでなく、内部監査の精査で発見されたことでしょう。システムが、少しは生き残っていたということで、これがシステム的に仕事を進める最大の意味合いです。(こう書きましたが、これも違っており、ほかからの指摘で発見した事がわかりました。つまり、システム自体が、「正確に」ではなく「早く」が目標になっていたようです)人は形が整っていればチェックしないというほうを選べますが、チェックシステムではチェックしないことを選べません。
 今、ほかの原稿で、「人の起す確信的失敗は防ぎようが無い。出来るだけ被害を小さくするにはチェックするシステムの構築が重要」と書いたところでした。チェックシステムも無力であれば、あとは何があるでしょうか。また、精神論=技術者倫理の教育と、事態はもう一度繰り返されなければならないのでしょうか。

 後一つ、恐れるのは、果たして世の一級建築士の中で、この人の例が唯一だったかどうかです。


2005年10月22日

 技術士試験が、また変わる様で「パブリックコメント」の募集がされています。ますますCEではなくPEに近づくような気配です。
 技術士試験は、別名記述士とも揶揄されているように、とにかく書きまくらなければならない試験ですが、制度改定のたびにだんだん字数が減ってきています。今度の案は、あのいわゆる体験論文を【毎年同様な実務経験を問う長文な論文形式の問題の出題があり、また、受験者の暗記力、速記力を問うものとなっていることから、受験者の負担軽減を図るため、技術的体験については口頭試験にて重点的に問うこととし、筆記試験から廃止する。筆記試験合格者は口頭試験前に技術的体験論文(図表等を含め3,000字以内でA4用紙2枚以内とし、白黒とする。)を口頭試験の一部として提出することとする。】とするようです。これについて、代作が可能だから試験の意味をなさないとか、暗記が必要でなくなるからよいとかいろいろ言われていますが、どうも私には「受験者の負担軽減」などは、大きなお世話のように感じるのです。

 どんな試験でも、それ相応の負担はあるもので、聞くところによると司法試験や会計士の試験は、覚えなくては話にならないほどたくさんの「暗記」すべき事項があるようです。技術士試験においても同様で、細かい数字などは、日常的には何に書いてあるかだけを覚え、必要のつど見ればよいのですが、試験となるとそうは行きませんから、覚えなければいけません。まあ、ここでいう暗記は、体験論文をまるごと覚えてそれを復元するような受験者が多くなったことをいっているのでしょうが、私もそうであったように、そんな無駄な努力をする受験者が大勢だとはとても思えません。キーワードや、骨子だけを考え頭に入れて試験場に望む人が多いのではないでしょうか。大体の予想はつく体験論文であっても、問題が出てみないと何が問われるのかがわからないのに。この点がRCCM試験とは違うところだと思っていました。
 また、速記力が負担だなどとは、なんだかほかの理由を隠しているような勘繰りまで感じてしまいます。確かに、日常的にコンピュータを使用し、ワードプロセッサやCADを駆使している技術者が、手書きで膨大な量の論述をするのは負担であるかもしれませんが、これが技術士試験の一大特色であったことをどのように考えられているのでしょうか。多くの受験者が時間内に終わらずに放棄する事態が続出しているのならまだしも、とくにそうした問題がおきているとは聞きません。
 私が受験した何回かでも、少しは書き直すぐらいの時間の余裕はあったように感じていました。もちろん、力任せに書き下ろさなければいけませんでしたが。

 これらを考えるに、やはり試験制度変更は、CEからPEへの移行期間は終わったと文部科学省が判断したのではないでしょうか。これから出てくる技術士はすべてPEとなるのでしょう。そうでなければJABEEの存在意義もありませんし、海外との相互認証も成り立ちません。いつか書いたように、そのうち更新制度も出てくるでしょう。
 そうなれば私のように私が受けたときの制度がよいなどというのは、単なる自己満足の世界になってしまいます。
 これらはすべて試験の世界のことなので、試験するほうがそのように決めたのなら、そのようになるでしょう。いやなら受けなければよいだけですから。大学受験制度のように受験生の負担が大きいから受験科目を減らすなどは、昔言われたことで、そのようになりましたが、今ではその逆のことが言われつつあります。技術士試験もずっと同じような形式であったものが、ここにきて変動を見せ始めたということは、いよいよ技術士が認識され始まったことの表れではないかな、などと思ってしまいます。また変わるでしょうが。


 

2005年10月4日

 今、岩波文庫にある「元禄快挙録」(福本日南著)を読んでいます。いわずと知れた「忠臣蔵」本のうちのひとつです。上中下3巻の本なのでようやく上巻を読み終えたところです。この本のような文体(講談調に思えます)が好きなので、内容の虚実はともかく、面白く読んでいます。
 今回はその感想ではなく(読み終えたら書くつもりですが)、中で気になった「ことわざ」についてです。
 上巻315ページ最終行に「待てば甘露の日和とやら」とあります。根気よく落ち着いて待っていればそのうちよいことがある、という意味なのですが、私が覚えているのは、あるいは学校で習ったのは「待てば海路の日和あり」ですから、少し驚きました。著者の改造であるのかとも思いましたが、気にかかったので調べてみました。
 結論から言うと、どちらも存在する言い回しのようです。また、「甘露」のほうが古い様でもあります。また「待てば海路の便りあり」などもあります。これなどは、「海路」になってからできたものでしょう。「甘露」では便りとよくはつながらないような気がしますから。「回路」などと言うのも見つかりました。これは、どこまでもまっすぐな道はない、歩いていればいつかは曲がる、というようなことで、段々もとの形から離れますから調べません。
 そうなると「甘露」の正確な意味は何でしょうか。講談や落語には「甘露、甘露」というせりふがありますが。
 「広辞苑(第四版)」によれば
 (1)中国古来の伝説で、王者が仁政を行えば天がその祥瑞として降らすという甘味の液。
 (2)〔仏〕ヴェーダでは、ソーマの汁を指す。神々の飲料で、不死の霊薬とされる。仏の教法をたとえる。
 (3)転じて、美味なこと。
 (4)煎茶の上等のもの。(これ以下省略)
などとあります。甘いものは心和ませますから、まあなんとなく意味がわかります。ヴェーダとかソーマとかは調べていないので私にはわかりませんが。
 もうひとつ「goo国語辞典」(「大辞林 第二版」)というインターネットサイト上でも調べてみました。
 (1)中国で、仁政が敷かれ、天下が太平になると、天が瑞祥(ずいしよう)として降らせるという甘い露。
 (2)古代インドの甘い飲み物。苦悩を除き、長寿を保ち、死者をも復活させるという。のち仏教でも天人の飲み物とされ、仏の教えのたとえともなる。
 (3)(多く、飲み物についていう)非常に美味なこと。「ああ、―、―」 
 (4)夏、カエデ・エノキ・カシなどの樹葉から滴る蜜液。アリマキの分泌したもの。
 (5)上等な煎茶の称。
 (6)「甘露酒」「甘露水」の略。
 まあ似たようなものですが、前者には「祥瑞」後者には「瑞祥」とあり、どちらかと思ってもう一度「goo国語辞典」を引いたら同じ意味が載っていました。もうこの辺で調べることをやめました。

 私はお酒が好きなのですが、甘いものも大好きです。甘露酒とはその両方を満たしてくれそうな気がしますが、甘いお酒は好みませんから、そうであれば遠慮します。
 せっかちなので待っているということがなかなかできません。待っていれば甘いものが手に入るというのは、魅力的な言葉です。「根気良く待てば、航海に適した天候もやって来る」「忍耐は一切を解決する」「待っていれば良い時機が到来する」などの意味で、あるいは「果報は寝て待て」につながるのかもしれません。「石の上にも三年」なども同類でしょうが、こちらには辛抱が入っていますから少し違ってきています。
 どうでしょうか。





2005年9月21日

 またまた日経新聞に話題をお借りします。少し前ですが9月16日企業総合欄に「検証なぜ儲からない=デジタルの罠(下)」という記事がありました。引用されている「現場の技術者が課題として感じていること」というグラフに興味を引かれたので、出所を当たってみました。
 全文は(独)情報処理推進機構(IPA) (URL:http://www.ipa.go.jp/software/sec/download/200506es.php)にありました。この中のグラフ(技術者個人調査28ページ。概要版19ページ。)を引用します。少し見にくいので、興味のあるかたは上記URLに直接接続してご覧ください。ただし、技術者個人調査だけでも全299ページもある膨大なものですから、概要版(全24ページ)が役に立つと思います。

グラフ

 なぜこれに興味を引かれたかというと、「開発計画がずさん」「ドキュメンテーション(施工計画書のような物ですか)が不十分」「プロジェクトマネジメントがなされていない」「作業標準がない、あるいは運用されていない」などは、私が中小建設業の方などに聞いて感じることとまるで同じだからです。
 施工計画は単なる発注者提出用書類(最近では国土交通省などで審査が厳しくなっていますから、そのようなことはなくなりつつあるでしょうが、地方市町村ではまだまだでしょう)、作業標準はない、あっても形だけで運用されていない、マネジメントは担当者の属人的力量に頼り切り、全社的な統一がなされていない、などなど。
 建設工事と組込みソフトウエア開発という、全く違った現場にいる技術者であっても、技術者の課題は同じことなのだな、と、変に感心してしまいました。「品質管理が不十分」などは、IT業界だけでなく、ISO9001導入が進んでいると考えられる建設業でも同じです。
 よく見ると、これらはみな技術者個人の課題(たとえば資格取得などスキルアップをする)というより、その人たちの属する組織の課題です。安全関連でもそうですが、技術者は一人で仕事をする芸術家などと違い、課題と感じることはほとんど全て同じような範疇、つまり組織の課題です。「メンバ間のコミュニケーションが不十分」なことを解決することは、技術者個人ではなく組織が行なわなくてはならないのは当然ではないでしょうか。さすがに経営者の方は解っていらっしゃるようですが、その方法を講じるより先に解決しなければならないことが多すぎると感じているようです。
 これらの課題は組織がISO9001を導入(必ずしも認証登録をしなくても)し、きちんと運用すれば、すぐとは言わなくてもある程度早い時間で解決することばかりです。これらの課題を解決すれば、「なぜ儲からない」に対する答えはすぐに見えるはずです。
 現在までのISO業界は、こうした呼びかけを企業にしているのでしょうか。建設業界に限ってですが、ISO業界はこぞって「入札時に有利になる」一本槍で営業していました。その結果、ISOに対する不満は、一朝一夕では無くならないほどたまってしまっています。私などが中小建設業の経営者の方とISOの話をすると、導入他企業の社員の不満を知っていますから、その話はもういい、で終わりになるケースが多いのです。入り口のところで儲かる仕組みの話を遮られるのは非常に残念です。組織の仕組みを、儲かる体制に組み直すことが「品質マネジメントシステム」(「環境マネジメントシステム」も同じ)の大きな目標の1つです。
 PDCAのPがずさんでは、DCAPと進むマネジメントが出来るわけがないのです。技術者たちは正しく事態を把握していると言わなければなりません。



2005年9月8日

 正反対の性格・性質をもつもののたとえとして「水と油」という言葉があります。水に油は溶けないように、相容れない様子を表しています。しかし、エマルジョンという状態があるように混ざり合わないわけではなく、よく混ざった例としては牛乳などがあります。何もしないで時間がたてば、また分離します。なんだか人間同士のような話になりますが。

 9月8日の日経新聞に「「重油に水」で燃料節減」という記事がありました。重油に1〜2割の水を混ぜたものを燃料として使い燃費を節減するのだそうで、この技術を「エマルジョン燃焼」というのだそうです。特許出願中とのことですから、いろいろなノウハウがあるのでしょう。
 車の燃料タンクに入れる水抜き剤というものがあるくらい、「水と油」は燃料としては天敵のように思っていましたが、そうではないようです。こういうのを「目から鱗が落ちた」というのでしょうか。(なんと、この言葉は聖書の「使徒行伝」9章にあるそうで、鱗などというからてっきり日本の言葉だと思っていた私の「目から鱗が落ち」ました。)

 ここから先は記事に刺激されたまったくの想像です。
 ある日、燃費節約のために、「燃料を水増ししよう」と考えた技術者がいました。会社の上司に研究許可を求めました。上司は果たしてどのように答えたのでしょうか。
 (1)「水と油」を混ぜても燃料になるはずがないからやめておけ。
 (2)それは良いアイデアだ。研究しよう。
 こんな単純なものではないかもしれませんが、おそらく何度かこの二つの間の問答があったのではないかと想像します。結果として成功したのですから(1)であったときに、提案者があきらめず説得にかかったのは事実に近いでしょう。あるいは青色発光ダイオード中村博士のように、隠れて研究したのかもしれません。成果が見えれば、最強の説得材料ですから。
 最初から(2)の答えが来たのなら、その上司は相当な理解者かまたは変わり者(失礼)であったでしょう。しかし、上司の理解があったから成功したことになるので、こうした上司をもった研究者は恵まれていたことになります。同時に、その上司も先見の明があったことになり、会社としては部下(研究者)も良いが上司も良い、よい人事であったと満足するでしょう。
 さて、技術者として、私がこの上司の立場にたったとき、自分ではどのような態度をとるだろうかと考えると微妙なものがあります。
 以前会社勤めのとき、いろいろな提案をして却下されたときに、私はそのままあきらめてしまい、なんて頭の固い上司だ(またまた失礼)などと思っていただけでした。何度も説得する場もなかったし、第一説得する材料をアイデアから作り出すことをしませんでした。
 いま、少し年齢を重ねてきて、以前と違い上司の立場で考えることが出来るようになると、果たして結果の予想できないこと、しかも常識的には結果が否定される可能性の高いことに、費用をかけて研究する許可を出すかというと、答えに躊躇します。研究者には自由に研究させなければ、決して良い結果は出ないという中村博士の考えもわかりますが、企業の中でそう簡単に結論の出ることではないと思います。決断力のない上司ですが。
 こんな風に想像してくると、案外この会社の上司は(2)のほうだったのかもしれないと思ってしまいます。何しろ、初年度でも年間10億円、最大で年間200億円の燃料費削減効果が見込まれるというのですからたいした発明です。





2005年8月26日

 「公共工事の品質確保の促進に関する法律」に書かれた政府の基本方針が8月25日に発表され、26日に閣議決定されるようです。
 この基本方針(「公共工事の品質確保の促進に関する施策を総合的に推進するための基本的な方針について」)の中には、、技術提案審査に当たって「中立かつ公正な立場から判断できる学識経験者の意見を聴取するものとする。」と、書かれています。学識経験者というのは他にもあり、総合評価方式を地方自治体が行なおうとするときは「あらかじめ2人以上の学識経験者の意見を聴く」とともに既存の審査にも加えるなどの方法が採れるとあります。

 ここで言う学識経験者とは一体なんでしょうか。
 通常は大学教授や、その分野の有資格者で実務経験の豊富な者などの意味合いがあると思いますが、果たして技術士はその中に入っているのでしょうか。実際に入ったことがあるのでしょうか。
 また、この学識経験者には「意見を聴く発注者とは別の公共工事の発注者の立場での実務経験を有している者等も含まれる。」ともありますが、これは結局公務員または公務員であった者と読めます。
 以前、ある行政のNo.2に、審議会などは大学教授より実務経験者を入れた方が実りのある結論が出るのではないですかとお聞きしたところ、大学教授の入らない審議会結論は通らない(どこを?)ことが多いとの答えでした。
 ここはひとつ学識経験者には当該部門の技術士を含むと、少なくとも公共事業についてはどこかの自治体で打ち出してはいただけないものでしょうか。監査委員には技術士を任命している自治体はあるのですから、そんなに難しいことではないと思うのですが。

 と、ここまで書いてきて、はたと思いました。
 今までの技術士なら、十分学識経験者として通用すると思いますが、新制度の技術士の位置づけ(経験豊富な者というより、技術者としてのライセンス)は少し違いますから、今後は技術士というだけでは選定は困難になるでしょう。もちろん技術士として豊富な経験を有すれば別ですが。


2005年8月21日

 (社)日本技術士会に入っていると、毎月「技術士」という会誌が送られてきます。英文では「IPEJ Journal」といい、「PE」と大きく表紙にあります。8月号の「PE INTERVIEW」のゲスト(「デ・レイケ」に関する著作が高い評価を受けている技術士(建設部門))が語っていることにすこし違和感を持ちましたので、本日はその感想です。反論ではありません。

 冒頭、インタビュアの「幼少のころ、どんな夢をもっておられましたか」という問いかけに、「夢は経験の延長上であって、未熟な過去から出てきたものにすぎないから興味などありません。「夢をもって生きる」なんてことはしたこともないし、考えてもいません。」と答えられています。「夢」をこのように定義した人にははじめてお目にかかりましたので、すこしびっくりしました。私などは、未熟な過去ばかりなので、いまだに夢がありますから。
 また、「予定表に本当のことを書いたことなどありません」「予定通りに動くと言うことはお客を無視することになりますから」とも言われています。つまり、行動計画を立てないということでしょうか。ここでもびっくり。計画があるから修正できると考えていた私など、お客無視もよいところでした。
 昭和48年に技術士を受験されたそうですが、「一日も勉強せずに受かりました」「まじめに普段から仕事していればそのための勉強は必要ない」「勉強しないと受からないのは問題です、実力がないということですから」などのご発言は、私も以前この欄で書いたことに通ずるので、同感することにやぶさかではありません。ちなみに(社)日本技術士会資料によれば、昭和48年の受験者は2,795人合格者は786人合格率は28.1%でした。最近とはずいぶん違います。受験者の一番多かった平成14年度は受験者41,122人合格者9,078人合格率22.1%です。
 この欄で何度も述べていますが、同じ技術士試験といっても、もうその当時とはまるで違っています。この方がおっしゃっているような「技術士の論文では必ず発見のことについて書くことになっており、そこがポイントです」については、明らかに現在の試験制度と技術士の要求事項をご存じないように見えます。
 子どもが大学受験の年齢になったとき、高校の先生(や予備校の先生)は、親に言います。自分の受験の体験はもう今では違っていますから、心してください、と。私はこの忠告が守れず、ようやく今になって解ってきました。

 化石は地中から発見されるだけでなく、現在も生きている場合があります。シーラカンスなどがそうです。進化から取り残され、または自分から進化を拒否して昔のままに生活をしています。シーラカンスなら世に影響を及ぼすことはまずありませんが、影響力を発揮しているままそうなってしまうとやっかいです。敬して遠ざかることにしましょう。

 感想です。反論ではありません。


 

2005年8月16日

 ブログ風に。 

 想像するとあまり気持ちのよい話ではないが「ゆでガエル現象」という言葉があります。カエルをいきなり熱いお湯に入れればびっくりして飛び出すが、水からゆっくり熱してやると状況の変化が解らず、ついにはゆだってしまうというものです。「ゆでガエル現象が会社をつぶす―マンネリになっていないかマーケティングとマネージメント」(1992年 工業調査会)などという本もありました。
 いまの地方の建設業界には、これを思わせる雰囲気があるように思えてなりません。環境の変化に敏感に対処した業者は、飛び出さなければ大変なことになると考え、そうした道をたどりはじめていますが、大部分は、いつかまた公共事業費の増加が行なわれるという幻想にとらわれて、環境の変化に目をつぶっているのではないでしょうか。地方自治体は、予算は少なくなっているのに業者数が多いため(地場産業育成の大義名分のもとに)発注件数の確保を第一に考え、その結果一件あたりのサイズは少しずつ小さくなっていく。筆者の身近での話だが、調整池の草刈り業務で、底部は年2回行なうが法面は年1回にするなどの策がとられた事例を聞いたことがあります。なんとか仕事が切れないだけの件数があるから(そして談合によって仲良くやっていけているから)と安心していると、ある日ついに会社が維持出来ない額となってしまうほど少なくなる日が来るのではないでしょうか。建設業界は受注産業であることからか、政治・行政がつけた火による水温の上昇という状況を、判断停止していないだろうか。大手は何とかして飛び出そうとしているが、そして飛び出すだけの体力もあるが、日本の建設業の大部分を占める地方中小業界ではどうなのでしょうか。少子化で技術者はいない、技術者がいないから仕事はとれない、とれないから疲弊するという循環が現実のものになりかかっているのではないでしょうか。
 日経コンストラクションに「土木技術者が足りない」という特集がありました。つい5年前には、土木技術者のリストラが相次いだことが嘘のようです。状況の変化を敏感に感じたのではなく、状況が他の道を行けないほど固まってからはじめて「大変だ」と騒ぎ出す例です。こちらにも先の例と同じようなことがいえるのではないでしょうか。
 技術者・技能者は一朝一夕に養成出来るということはありません。退職者を雇用延長しても水温の上がり方を少しゆるめるだけの効果しかないでしょう。その間に若い優秀な人は土木の世界に入ってこなくなり、気がついたときには完璧にゆだってしまっているとならないでしょうか。この辺はもう10年も前から言われています。土木教育の、しかも一般の技術者の供給源である工業高校や専門学校で、なにか抜本的な対策が行なわれているのだろうかと不思議に思います。技術の継承は、継承してくれる若い人がいるから成り立つので、いなければ継承も出来ないのです。土木事業と土木技術者の衰退は、ついにゆだった状態に入りつつあるのではないでしょうか。
 タンパク質は、一定の温度をすぎると非可逆的な変化を起こします。その温度は体温とそんなに変わらないのです。

 もっとも、この「ゆでガエル現象」には有力な反論もあって、カエルは変温動物だから水温が上がれば活性化してゆだる前に飛び出すと言う学者もいます。(どちらが正解か実験してみればよいのですが、世の中には実験してはいけないこともあります。)もっと言えば、カエルは環境の変化に非常に敏感な動物だから、その個体数が地球環境の変化(悪化)の指標になるほどだという見解もあります。こうなると、カエルにとっては「ゆでガエル現象」などという言葉そのものが迷惑な話です。建設業界もそうだとよいのですが。

 以前この欄に書いた、倫理を語ってくれた建設会社の社長さんがこの夏亡くなりました。そのとき以来お話を伺うことは出来ませんでしたが、お通夜にだけは行ってきました。まだ63歳の若さでした。合掌。


 

2005年8月13日

 少し間が空いてしまいました。これではブログに対抗できません。反省。

 今年度、私は町内会の役員をしています。班長といって、ブロックの世話役は順番で回ってくるのですが、その中から町内会の各部の責任者を選出し、それが役員(会長、副会長のように選挙で選出されるひとは本部役員)になります。ひょんなことで手を挙げてしまったために、役員になってしまいました。総務部長です。
 総務部の仕事は、どこの会社でも同じでしょうが、他の部に属さない仕事をすることになっています。我が町内会総務部の最大の仕事は、「夏祭り」の直接裏方です。
 学校が夏休みになった最初の土曜日が、町内会の夏祭りで、今年も7月23日に行なわれました。下の写真は会長他本部役員によるオープニングセレモニー(鏡開き)です。

鏡開き

 私はこの町内に住んではや23年になります。最初のうちは分譲した不動産会社がいろいろ準備をしてくれました。そのころは2日間でした。分譲が終わり、不動産業者が撤退すると、住民ボランティアがしばらくそのまま継続しましたが、近年は2日間では、準備片づけの負担が大きく、1日になっています。それでも、市最大の町内会(1950世帯)ですので、かなりのにぎわいです。今年はケーブルテレビの取材もあり、放映もされました。
 総務部で夏祭り運営をして感じたことは、これは実に総合技術監理の実施であるということです。
 いつぞや、技術士総合技術監理部門の試験に、花火大会の運営の問題が出されました。前年の事故を受けての出題であったようですが、こうしたイベントの運営というのは、絶対にシナリオ通りには行かない点(シナリオ通りでは逆につまらないか?)で、事前の準備(それでもシナリオはつくります)が頭に入っているか、トラブルになった場合それをどう修正するか、修正して違った方向に行かないようにどうシナリオに引き戻すかなど、たくさんの考えさせられる事象に出会いました。
 ある人気のイベントを計画し、ボランティアのかたがたの協力で準備を始めたら、だれも準備(設営)の方法を知らなかったり(昨年度経験者を捜してきて落着)、焼きそばの製造が間に合わず長蛇の列が出来たり、進行があまりにもスムースに行きすぎてシナリオの予定時間に空白が出来てしまったり、まあいろいろ起こりました。
 全員ボランティアですから、一人に負担が集中しないように役割分担をするのですが、一般参加者には役割分担などわかりませんから、本部席にいる裏方(私)に何でも聞きに来ます。○○イベントの受付はどこか、誰さんはどこにいるか、迷子の友達を捜してほしい、今地震があった(かなり大きく、東京ではエレベーターが停止したり、電車が止まったりしました)が、被害状況はどうかなどなど。これは、イベントプロデューサーの仕事そのものです。だれか、全体のことがわかっているひと(総合監理者)が必要で、そのうえの役割分担で無ければ、とても出来ません。
 とはいえ、某花火大会のような事故もなく、無事に盆踊りでフィナーレを迎えたのにはほっとしました。13時間立ったままでした(となりには上の写真の樽酒がずっとよいにおいをあげていましたが、信じられないことに一滴も飲まず、終わったときには空になっていました)。
 私は裏方(実働部隊)ですから、うかがい知れませんが、本部役員の周到な準備が、実はあったのでしょう。PDCAサイクルがよく回って、その結果の成功です。ということは、実は本部役員は総監の技術士であったのかも知れません。あるいは、総監の技術士の仕事などは、技術者以外のひとにとっては、もう以前からの常識であり、技術士の世界がようやくそうした運営管理の方面にまで追いついたと言うことかも知れません。

 今年度の技術士二次試験(筆記)は終わりました。今年度はだいぶ傾向が変わったようで、過去問を勉強しただけではいけなかったというような意見が多いようです。考えてみれば当たり前で、大学入試のようにある一定の知識を身につけていることを試すのではなく「高度な応用能力」をアピールする試験ですから。(私の時は一回目なので過去問自体が無かった。)それにしても、「総監受験にはどのような勉強が必要か?」などと某掲示板に書き込みするような技術者が、技術士を名乗った場合のことを考えるとぞっとします。


 

2005年7月13日

 次の日曜日(17日)に試験の行なわれる2級土木施工管理技士について、建設業法施行令を改正するとの発表が、国土交通省のWebにでています。学科試験と実地試験を分離し、学科試験は高校で所定の科目を修めれば実務経験なしに受験できるようになるとのことです。
 その理由(背景)として、以下のように述べられています。

 【建設市場において若年の技術者を確保し、今後とも施工技術を確保していくためには、特に、2級の技術検定の受検を志す高校卒業程度の者について、在学中から専門知識の習得への取り組みを促進するような環境を整備することが必要。
  このため、学校教育のみならず実務経験を通じて学習することを必要とする専門的分野を除いた一般的な土木施工管理及び建築施工管理、電気工事施工管理、管工事施工管理並びに造園施工管理について、実務経験を経ていない者についても技術検定の一部である学科試験の受験を可能とすることとし、早い時期から2級の技術検定の資格取得に向けた取り組みを促進することとする。】「建設業法施行令の一部を改正する政令案について」(国土交通省報道発表資料平成17年6月13日)

 いかに縮小傾向が激しい建設事業とはいえ、ここにも団塊の世代の高齢化、リタイアにともなって、若年層への技術の継承が断絶するおそれがあると考えるひとが出てきているようです。 
 また、性格は少し違いますが、技術士補にも、JABEEの認定した学科を卒業していればなれるように、どうやら資格の世界も、経験重視より知識重視のほうに、少しづつ動いているような雰囲気が感じられます。
 考えてみれば、弁護士にしてもその他の「士」にしても、業務独占の資格は、経験があとになっているものが多いですから、とくに問題はないのでしょうが、土木の世界(技術の世界)までそのようになるとは、すこし違和感があります。
 民間資格ですが建設の世界では半ば公的な資格となっているRCCMなどは、大卒経験13年で、ようやく受験資格ができます。これは長すぎる感がありますが。
 いずれにしても、工学系の仕事には、やはりいくらかの経験が必要なものが多いことは確かで、知識も経験の裏付けのない場合は、無いよりましぐらいになってしまわないかと思います。まあ、単なる卒業よりは、少しは勉強するインセンティブが働くかも知れませんが。
 それにしても、教員免許状は未だに卒業と同時で、経験なしに教壇に立ちます。こちらのほうこそとくに低学年で逆な問題が起きているような気がしているのですが、どうなのでしょうか。
 


2005年6月25日

 まず報告事項です。前回アップしましたアゲハチョウは、24日無事脱皮して飛んでいったようです。朝見たときはまだ緑色の身体に少し黒が入った様子でしたが、夕方帰宅すると、抜け殻になっていました。無事命を全うすることを願います。また、山椒の木にも葉が生えてきましたので、産卵にも使えますから、どうか利用してください、と思います。

 さて、私のような、いわゆる独立した「コンサルタント系」技術士にとって、重要な決定が日本技術士会でなされました。
 以前この欄でも書いたように、技術士は新制度になってから「PE」になりましたが、少なからずのかたが「CE」を指向されています。このCEが、コンサルタント系技術士であるといえると思います。
 日本技術士会は、「技術士ビジョン21」をうけて「職域別技術士の位置づけ」という「行動指針」を発表しました。
 技術士の職域を、次のように分類しています。
   @独立したコンサルタントとしての技術士
   A企業内技術者としての技術士
   B公務員技術者としての技術士
   C教育・研究者としての技術士
  D知的財産評価者としての技術士
   Ea経営職にある技術士
   FbNPOで活躍する技術士
 これに基づき、果たすべき役割等が指針として書かれています。
 この中で、私の属する分類は@なのですが、この分類にだけ、日本技術士会による「認定制度」の創設(平成19年予定)がうたわれています。技術士はPEであることを基本にするといい、イメージとしてはAPECエンジニアの認定システムと同様な仕組みにするようです。当然CPD証明が必要になります。医師の世界にも認定医があるように、技術士もそのようになっていく様です。
  多くの技術士にとって、総会での議論を聞く限り、この点は論点にもならなかった様に感じました。県技術士会の法人化や、総合技術監理部門へのベテラン技術士の優遇策、同じくベテラン技術者の一次試験科目免除などは話題(要望)になっていました。しかし、認定制度の方が、より重要な課題ではないでしょうか。
  とは言っても、私も昨日知ったばかりで、まだよく検討していません。考えをまとめたら、再度この欄に書くつもりですから、それまで少しお待ちください。
 今は、技術士やその他の資格は、一度取得してしまえばほぼ終身資格(RCCMなどは更新がある)ですが、これからは運転免許証のような具合に、書き換えが要求されるのでしょう。まさか、若葉マーク(初心者)や紅葉マーク(高齢者)などは出来ないでしょうが。

 


2005年6月12日

 我が家の庭にあった山椒の木には、毎年アゲハチョウが産卵し、さなぎになって葉を食べ、また蝶になって行っていました。
 その山椒が、犬小屋の近くにあったため、ついに昨年枯れてしまいました。その種がそだって小さな芽を出し、20pくらいになったところで、犬が先端をかじってしまったので、大きくなるまでと思い鉢植えにし、玄関の横に置いておきました。

 今年、ようやく葉が出てきたところへ、よく探すもので、またアゲハチョウの幼虫が1匹住み着きました。何しろ木が小さなもので、旺盛な食欲には勝てず、丸坊主になってしまいました。


すっかり葉の無くなった山椒

 食料が無くなったからか、時期になったからか、昨日横に見えるゴムの木に幼虫が移りました。
 今朝(12日6:00)見ると、背を丸めていました。

 用事があって出かけようと9時頃覗いてみたら、もうさなぎの形態になっていました。

 当たり前ではありますがすごいものだと感激しました。(写真のピントの合わないのはご容赦を)。
 さあ、蝶になる瞬間を運良く目撃できるとよいのですが。それよりも、鳥や他の昆虫の攻撃を受けなければよいのですが。(そのため、所在は秘密にしてあります)


2005年5月29日

 総会の季節がやってきました。会社は言うに及ばず、町内会から商工会、学会、社団法人なども同じです。日本技術士会も6月24日に行なわれます。それに先だって、茨城県技術士会も6月5日に開催されます。わがNPO_TBICも予定しています。
 最近は、欠席者に対して委任状提出を何度も督促する団体もあります。すでに提出したにもかかわらず、一斉同報メールなどで何度も督促されると、逆に出足が悪いのだと勘ぐりたくもなります。定足数を満たさないと、何かと不都合な事があるようです。

 総会のあとには懇親会がある(株主総会は別でしょうが)ようで、その案内を見ると、2年前を思い出します。
 私たちの仲間として、また私のご近所の技術士として活躍されていた方が、懇親会で倒れられ、数日後になくなられたことがありました。健康にそれほど不安があった訳ではないと奥様がおっしゃっていましたが、その前の一ヶ月ほどは、かなりのストレスがあったようです。私などにもなかなか本心が語れず(語れば同じようになってしまうのを避けたのでしょう)ため込むだけだったようです。詳しくは書けませんが。
 学会や技術士会のような団体は、仲良しクラブではいけないとは思うのですが、そうかといって傍若無人に他人を誹謗中傷し、自己の権益のみを声高に主張する人が一人でも出てくると、それに相対する人は、大変なストレスを受けます。同じようにすれば、相手と同じ世界に入ってしまうし、冷静に対処していれば声の大きい方が有利になります。
 ある雑誌に、今ではいわゆる「キレる」のは若者ではなく、団塊世代とそれ以前の老人だというような記事がありました。自己主張が得意でなかった日本人が、はっきりとそうした場で意見を述べることになってきているのは大変よいことでしょうが、なにか聞いていると、自己主張だけが先に立ち、他人の意見を傾聴する事がおざなりになっているような印象を受けます。それでは怒号の応酬になるだけで、議論にはならないのです。何年か前、はじめて某会の総会に出席したら、ニュースで見る荒れた株主総会の様で、びっくりした経験があります。少なくとも専門を同じくする人の会であれば、「仲良しクラブ」の片鱗ぐらいは許容されるのではないでしょうか。
 もっとも、仲良しクラブが行き着くところは、会の運営等を一部の人たちが牛耳ることで、そうなっては怒号を浴びせるくらいでは済まないのでしょう。私などは、せっかく会社という社会を飛び出したのだから、また新たなそうした組織に深く関わりたくはないと思うのですが、人の考えは千差万別で、会社の中での上昇志向を、そうした組織にまで持ち込んでいる場合もあります。

 なにはともあれ、またそうした季節がやってきて、仲間の顔を思い出してしまいました。

 
2005年5月11日 

 私が技術士として最初に専門としたのはシールド工法などのいわゆる都市トンネルです。地下鉄や下水道、上水道、共同溝などで知られています。トンネルは大きく分けるとこのほかに山岳トンネルがあります。この世界には、設計者は別にして女性はいません。作業者はもちろん、監督にも機械のオペレータにもいません。別に、昔から言い伝えられているという「坑内に女性が入ると山の神が怒る」ためではありません。(もっともこれは山岳トンネルのことで、都市トンネルでは、ほとんど聞いていませんでした。)
 それは、「労働基準法」(第六章の二女性)に【(坑内労働の禁止) 第64条の2  使用者は、満18才以上の女性を坑内で労働させてはならない。ただし、臨時の必要のため坑内で行われる業務で厚生労働省令で定めるものに従事する者(中略)については、この限りでない。】 とあるためです。例外として、「女性労働基準規則」(昭和61年1月27日労働省令3号 最終改正平成10年3月13日労働省令第7号)に
【(臨時の必要のため坑内で行われる業務等)
第一条 労働基準法第六十四条の二の命令で定める業務は、次のとおりとする。
 一 医師の業務
 二 看護婦の業務
 三 新聞又は出版の事業における取材の業務
 四 放送番組の制作のための取材の業務】
とありますので、全く女性が入れないわけではありませんが、最近増えてきている女性の土木技術者は含まれていません。

 ところが、「第1回女性の坑内労働に係る専門家会合」(厚生労働省平成16年12月7日)資料などによると、完全に男女平等の仕組みをとりいれるために、この労働基準法の改正が検討されています。具体的な要望は東京都と経団連などから行なわれていますが、そのうち東京都の要望理由は【東京都では、女性技術系職員が様々な工事の監督業務に就いているが、労働基準法第64条の2により女性の坑内労働が禁止されているため、トンネル工事による監督業務に従事できない。女性の雇用機会均等と職域拡大を図るため、法改正等の措置が必要である。】と、そのものズバリです。
 現に、第2回(平成17年2月28日)の同会合資料の社団法人日本土木工業協会アンケート結果(調査時期:平成16年7〜8月)によれば、女性の坑内労働について開放の必要ありとする会社の割合は60%です。また、女性の坑内労働について開放の必要ありとした理由は、男女雇用均等法にそぐわないとトンネル現場への進出阻害をあわせて90%になります。
 一方、反対の理由としては、母性健康保護36%、リスクがまだ多い54%、そしてトンネル現場の慣習が5%あります。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/02/s0228-4c.html
 問題は、この「母性健康保護」で、全ての肉体的労働を含む作業について解禁することには意見でも反対があります。
 ですが、委員発言の中に【少なくとも、監督職や技術職として女性が坑内労働に従事することについては問題は生じないと考える。】というような部分もありますから、方向性としては本条の撤廃はこの意見を勘案して何らかの歯止めをつくりながら決まりのように思います。(健康に対する歯止めは大切です。どうか、それをも差別と受け取らないように)

 こうした理由で、私は何人かの女性土木技術者とお話をしたことはありますが、トンネル専門の方には会ったことがありません。トンネルの中で、実際に様子を見ながら話や議論が出来る時がくればうれしい事です。私はもう今ではめったにトンネルの中に入ることはありません(施工監理や見学がメイン、つまり見てるだけ)。長いこと従事して慣れてしまっていましたが、考えて見るとトンネルでは、狭い空間に多くの機器が配置され、動き回っていますから、開放的な地上の現場に比べると危険度はかなり高いといえます。逆に、そうなってきたから(他の工事に比べて機械施工の割合はシールド工事が最も高い)女性だといって区別(女性であれば過酷な肉体的重労働は減った)しておく必要は薄れてきたのでしょう。

 
2005年4月12日

 11日朝、関東地方で地震がありました。最大震度5弱でした。(私の住んでいる地方では震度3)ちょうど私が小学校時代の一部を過ごした箇所が震源でした。ついに関東でも起きたかと思った方も多かったのではないでしょうか。
 茨城県のその地方は、鹿島臨海工業地帯(昔鹿島開発、今風力発電で知られています)で、巨大なプラント群がありますが、新聞報道などによると、自動的に停止するため、その停止が操業停止という被害になるようです。何はともあれ、大きな被害、とくに人的な被害は無かったようで何よりです。

 このあたりと同じく、私の住んでいる茨城県南西部は、地震の巣で、日常茶飯事に感じてしまうほど揺れています。これはいけません。慣れてしまって、備えを怠ります。地震の前に地鳴りのような音がします。来たなと思うと揺れ出します。私は、子供の時から地震とはそのようなものだと思っていましたが、関西から移り住んだ方などは、最初びっくりされるようです。枕元の本棚を見てみたら、転倒防止のために鴨居につけていた金具の木ねじがすっかり抜けていました。いつ抜けたのか知りませんでした。まさか今回の地震ではないだろうと思いますが、直下で起きたら、おそらく転倒していた、そして時間によっては私の頭の上に落ちてきたのではないかと思います。
 家具の転倒防止はもちろん大切ですが、最近は住宅の崩壊防止が話題となっています。住宅補強もさることながら、もっと簡単なもっと安価な免震装置が、個人の木造住宅にも導入されるような具合になればよいと思っています。
 それにつけても、超高層ビルの中のオフィスの家具は、どのようになっているのでしょうか。ビルは倒壊しなくても、中の机やいすやロッカーやパソコンが暴れ出したらと思うとぞっとします。

 
2005年3月13日 

 私が参加している茨城県技術士会では、会員がプロジェクトを結成し8分野の活動を行っています。
内容は以下のとおりです。

技術教育

定例行事技術サロン「ザ・技術士」を開いている。

コストデザイン研究会

コストデザインで課題発掘と解決をする。

ISO取得支援

ISO教育・取得と研鑽に活動する。

建設技術・資格取得支援

技術士・RCCMなどの資格取得支援をしている。

情報技術支援

情報技術で、顧客の業務をサポートする。

アール・アンド・デー

研究開発で顧客の発展をサポートする。

環境問題解決

環境に関することは何でも解決する。

省エネルギー支援

文字通り企業の省エネルギーを支援する。

 メンバーの技術士は、それぞれ自分の専門を活かして活動しています。一人でいくつものプロジェクトに入っている方もいます。私も、「技術教育」、「建設技術・資格取得支援」の2つに入って活動しています。技術サロン「ザ・技術士」は、この私のWebにもそのページを設けています。RCCM資格取得講座では、私も自分の言動を確認するために受験し、合格(登録は国土交通省登録会社でないのでできない。従って資格としては名乗れない)の実績もあります。
 しかし、私の参加しているこの2プロジェクトは、技術士の資質向上の面では大いに役立っていますが、技術士のビジネスとしてはまだ未熟です。未熟というより、ビジネスにはまだなっていません。ほかのプロジェクトのなかにはビジネスとなっているチームもあるようですが。

 そんななか、私が代表となって、このほど9番目のプロジェクトを発足させました。これは、「公共事業技術支援センター」という名称です。何をするのかは、とりあえずWebページを作成公開しましたので、ぜひそちらをご覧ください。そのページはまだ不完全で、工事中ばかりですが、連絡メールは事務局に届くようになっています。近い将来、専用電話も確保したいと考えています。なにより、ビジネスとしての独り立ちを実現したいと考えています。
 この「ひとりごと」などで何度も表明してきたように、建設事業は、官も民もいま曲がり角にいます。将来の社会資本の質が、いま危ぶまれていますが、最も川上での技術支援を、技術士が行うことによって、少しでも社会貢献になれば(そして、技術士の新しいビジネスが始まれれば)と思います。
 技術士は資格であるか職業であるかという問いがありますが、(社)日本技術士会の英文略称がCEからPE(P.E.Jp)に変わって、明確に前者になりました。しかし、これに合わせて,平成12年11月21日の(社)日本技術士会理事会で,次の事項が合意されています。

1.社団法人日本技術士会は,技術士(Professional Engineer 略称:P.E.Jp)の資格を有する者を正会員とする公益法人である。
2.正会員の主な職業は,コンサルティングエンジニアと企業(官公庁,第三セクター,大学などを含む)内技術者である。
3.(略)
4.(略)
5.正会員の内,コンサルティングエンジニアを職業とする者が広告,名刺などにおいて,コンサルティングエンジニア(Consulting Engineer, CEなど)を名乗ることは問題ない。

 これにより、まだCEも生きていることになっています。私(たち)は、どちらかといえばPEではなくCEを指向しています。顧客とともにWin-Winの関係が結べることを指向しています。公共事業の範囲は広く、技術分野でもほとんどすべての部門を包括しています。市民の目と技術者の目を併せ持った技術士には、積極的に社会資本の充実を支援していく事が望まれています。会員の皆様の参加を切望します。



2005年2月21日 

 文章を書いていて、果たして読み手にどれだけ通じているかは、非常に気になるところですが、それに関しておもしろいホームページを見ました。新聞記事になったようですので、(その新聞を私は読んでいないので)もしかすると皆さんもう既にご存じの事かも知れませんが。

 それは、「日本語小論文評価採点システム(http://coca.rd.dnc.ac.jp/jess/index.html)」です。問題と解答を入力すると、あっという間に採点してもらえます。試みに、当「ひとりごと」2004年11月14日分(「政治は技術にどうかかわってきたか」(森谷正規:朝日選書)を読みました。)を、入力してみました。問題文は「「政治は技術にどうかかわってきたか」(森谷正規:朝日選書)について感想を述べよ。」としてみました。以下に、採点結果を載せてみます。

****************************************
修辞 3.4 ( 5 )
長すぎる文があります。
句の中の文節の数が多すぎる文があります。
漢字の使用がやや少ないように見受けられます。
埋め込み文が全体の分量に比べて多いように見受けられます。
連用形や接続助詞の句の並びの多い文が、幾つかあるように見受けられます。
論理 2.0 ( 2 )
内容 2.7 ( 3 )
分量過少による減点 0
最終得点 8.1 ( 10 )
****************************************

 修辞の項目は、いつも私が言われている通りで、参ったといったところです。とくに、長すぎる、接続助詞が多いなどは、書くたびに言われています。論理が満点なのは、感想文だからでしょう。内容も感想文だからでしょうが、9割も得点しています。合計で8.1点は、まあ合格点で、ほっとしています。
 このシステムは、大学入試センターの研究開発成果であるので、技術士試験や、RCCM試験(技術用語や数値の多い回答)の記述式問題のチェックに使えるかどうかは、まだ試行していません。しかし、大元のデータが新聞の社説などということなので、この「ひとりごと」では大いに役立ちそうです。とは言っても、記述式までマークシート方式のように機械的に採点されると、個性やわざと印象深さをねらって書いた時など、どのような結果になるのでしょうか。まあ、試験の採点に使う(予定?)ようですから、そうした予想される弊害より、採点基準の公平さ(採点者によるぶれをなくす)のほうが優先されるのでしょう。

 平成16年度の技術士試験も、18日の発表で一区切りつき、間をおかずに平成17年度が開始されます。まだ時間の余裕があるうちに、こうしたシステムを使ってみるのも、おもしろいかも知れません。


2005年2月2日 

 124日の日経新聞17面(ビジネスレッスン「駆け込みレクチャー」欄)に「士(さむらい)モール」という記事がありました。税理士や司法書士など、いわゆる士業者が合同で事務所を開き、ワンストップで依頼者の問題解決をする事が最近増えてきているという記事です。
 今日の話題に入る前に、少し脇道にそれます。
 その記事に主な資格業の登録者数という表があって、次のように人数が書かれています。

税理士

68,135

行政書士

38,218

社会保険労務士

28,777

弁護士

21,163

司法書士

17,836

公認会計士

15,501

不動産鑑定士

6,696

弁理士

6,058

(登録時点表記略)

 技術士はいません。
 どうしてでしょうか。人数では上位を伺う位置にあることは間違いないのですが、これはひとえに業務独占ではないことに起因するのでしょう。技術士は単なる資格であって職業ではない様です。
 先日ある国家機関(税務)の担当者と話をした折りにも、その方は技術士を知ってはおられませんでした。

 まあ、知名度の問題は今に始まったことではないので、少し寂しい気はしますが、技術士それぞれが職業人として努力すれば段々改善されるでしょう。

 さて今回のひとりごとは、ワンストップ問題解決の件です。
 ご存じ(?)のように、技術士には
21部門あり、同じ部門でもまた細かく専門領域が分かれています。
 これは、技術に関する問題解決のワンストップ事務所の成立条件ではないでしょうか。技術士合同事務所のようなものを、少しずつ専門の違う技術士が複数で設立すれば、技術上のあらゆる問題点を一挙に引き受けられる部署が出来るではないでしょうか。イメージすれば、技術士会などはさしずめそのままで巨大なシンクタンクになるでしょう。企業内技術士の方が多いのは、まだ職業としての技術士商売が少ないからで、今までは、何か内向き(お客に背を向けた)の印象を与えていたのですが、最近は少し違ってきています。技術士事務所を主宰して、かつ技術士会に入会している方も増えているような記がします。
 私の参加している
NPO法人つくばビジネス支援センターなどは、その先鞭をつけたと自負していますが、近々もっとよい制度が生まれそうです。有限責任事業組合LLP)制度が今年創設されようとしています。技術士が合同してワンストップ問題解決の事務所を開くのには、最も適当な制度ではないでしょうか。

 技術士は資格ですが、他の「士(さむらい)」さんたちとなんら変わらない仕事が出来ます。業務独占は結果としてついてくるようにすればよいのです。いま、すこし、この辺を考えています。

「淵に臨んで魚を羨むは、退いて網を結ぶに如かず」(漢書)

 


2005年1月5日 

 本ページにおいでいただいた皆様、本年も継続致しますので、よろしく御愛読のほどお願い致します。

 昨年は、国内での豪雨、台風、地震、国外では大津波と、巨大災害が戦争と同じように(それ以上に)襲いかかりました。災害はいつでも同じ顔をしているようで、実は人間の隙をつくような狡猾な一面を持つことが思い知らされました。津波では高いところにいち早く逃げるのが大事とは言っても、津波を知らず、警報も出ず、高いところのない国土での事を、どれだけ考えていたでしょうか。万全と言うことはあり得ないのですが、その備えには「減災」をキーワードとしなければ、いけない時代となったのであろうと考えさせられます。そして、技術は地域性を保ちながらグローバルな視点を持たなければならないことも同時に痛感しました。まだまだ被災者の数が増えそうです。各国の救援支援立ち上りの早さが少しでも伝染病蔓延防止や生活復興の役に立つよう願います。

 日常業務にかまけて、何も出来ていない自分がこう語ることもおこがましいのですが、少しだけ力を注いだことがあります。

 ()日本技術士会防災特別委員会では、私が編集責任者を仰せつかり、CPD教材の一冊として「減災と技術〜災害の教訓を活かす〜」を編纂しましたが、その発行は111の予定です。10年前の阪神淡路大震災以降の災害から学んだ最新の減災技術を技術士の各部門の方に執筆頂き、消防研究所の室崎先生に監修して頂いた力作です。私は同委員会の広報委員を兼ねております。予価1,000です。どうか、技術士会会員のみならず、技術に関係する多くの方に読んで頂きたいと思います。

「歳を罪すること無かれ。ここに天下の民至らん」(孟子)

 

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