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技術士のひとりごと 2007

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2007年12月27日

25日にあるテキスト原稿をA4、260枚仕上げて送付し、26日には往復180km(寄り道含む)走ってある人に会いに行き、今朝メールを2通書き、今年はこれで終わり にしようとひとりごとを言っています。あとは大掃除が残っていますが。

(1)今朝27日の「日本経済新聞」「経済教室」に「行動経済学 進化と応用〈下〉 「喫煙・禁煙も説明可能に」」が掲載されています。行動経済学については、私も興味をもっていて何冊か本を読みましたが、人の「わかっていてもやめられないという心理は伝統的経済学の超合理的経済人の仮定を超克する可能性がある」という指 摘(依田高典京都大学教授)にはちょっと驚きました。
私を知っている方なら私が喫煙するかしないかはおわかりですからここでは省略しますが、最近の喫煙者へ の風当たりの強さは、機関銃を付ければ戦車になるような大きな自動車でスーパーに買い物に来る場合の排ガスの影響と比べてどちらがどうかを論じもしないで、 ちょっと異様な気がするくらいです。産業経済学専攻の経済学博士は、こんな研究をしているのかという、そちらの方にも驚きがあります。
「ミクロレベルの個人情報 を最大限に活用しながら、有効な禁煙政策の立案などマクロレベルの成果まで目指す点に、行動経済学の魅力がある」のだそうですが、何か遺伝子情報の解析を 将来個人がどのように死ぬかの解明に役立てるようなことと同じように感じます。そこまでするか、ほっといてくれですね(研究のことではありません、喫煙者のことで す)。
牛のゲップが、二酸化炭素排出量に占める割合、つまりは地球温暖化影響に占める割合はあまり論じられませんが、バイオ燃料とかいって人の食料となるも のまで燃料にしていく方向性にも同じような感想を持ちます。つまりどこかの知事さんの言葉を借りれば「泣く子と地頭と政府には勝てない」ので、「政府」の所に「野 党」や「マスコミ」や「禁煙団体」など世論に影響を及ぼすような団体をいれてみれば、今年の世相にぴったりです。

(2)気がついてみたら日本技術士会のホームページがリニューアルされ、トップページがやけに明るいイメージになっています。いろいろ公益法人としての準備を 急いでいるのでしょうが、私のような一般会員にはなかなか見えてきません。これはどこでも同じで、いわゆる役員会では何が話されているか知るためには、役員に ならないといけないようです。なりたくもなるつもりもありませんが。
今ではインターネットがあるので、もう少し迅速な公表があっても良いと思うのですが。たとえば現 在会員が見ることのできる役員会議事録は11月15日のもので、資料はついていませんから、「資料の通り了承された」では詳細はわかりませんね。国などは、資料まで記者発表につけています(これは役に立ちます)。私の関係している町内会の議事録でさえ、もう少し詳細です。

(3)技術士1次試験の合格発表がありました。建設部門では20,511人の申し込み、16,580人の受験(申し込んでおきながら19%が受験していません)、 8,440人の合格、 50.9%の合格率です。14,849人の全合格者中57%が建設部門です(他の部門の建設関係を含めると70%近くと想像されます。技術士といえば建設と答えるようなものです)。2次試験ではないので、これがそのまま比率にはなりませんが、なぜこんなになっているのでしょうか。やはり、取得していると直接的にメリットがある(公共工事の設計業務での指定)のが建設関係だからでしょう。
1級建築士の今年の合格率は、学科で受験者43,566人中11.3%(2002年10.6%、2005年25%から2006年10%と急落。激しい世界です)実地で8%(受験者46,204人)です。違う資格ですので比較は無理ですが、こちらの方はメリットどころか無くてはならない資格なのですが、合格率だけを見ると低い(難しい)ですね。もっとも、技術士1次試験のほうが、対象範囲はずっと広いですから、これも合格率が高いのはむしろすごいことだといえそうですが。

何はともあれ、年末はいろいろ考える時期で、言い残したこと、やり残したこともたくさんあります。それでもまあ、息災で何よりでした。
皆さん、「来年も」で、良いお年をお迎えください(ひとりごとですから心の中で)。





2007年12月15日

土木屋なら誰でも知っている、そしてたぶんお世話になっている出版社山海堂が倒産したということです。「KEN−Platz総合メール2007年12月12日号」で知りま した。記事は12月5日となっています。他の情報では即日ロックアウト、社員は全員解雇だそうです。ホームページもつながりません。雑誌「土木施工」のページだ けは14日17:30現在残っていますが、注文のページはだめでした。
倒産は12月3日だそうですが、13日に丸の内丸善に行ったら、まだたくさん山海堂の本が置い てありました。この辺の仕組みはよくわかりませんが、いま返品されていないところを見ると、売り切れるまでは置いておくのでしょう。

土木の本は売れないそうで、そのせいか個人で買うのには高い本が多く感じられます。(もっとも土木に限らず、理工系の本はあまり売れないのだそうですが)最近 出た「考え方と設計がよくわかる実務シリーズ」第7巻「トンネルの設計」は6930円です。立ち読みして財布と相談し、今は全くトンネルの仕事をしていないので、必 要になったら手に入れようと相談がまとまった矢先でした。そうはいっても、山海堂の本にはいろいろとお世話になりました。
その中で、先の「土木施工」は、一時期 毎号購入していました。いまは、目次を見て、必要と思われるのをとびとびに購入しているだけですが。
最近のものは2007年10月号「特集トンネルと維持管理」が 手元にあります。土木の雑誌はほかにもありますが、記事のスタイルが結構気に入っていました。先のメールによると、この雑誌は1960年創刊、公称5万部だそうです 。
社団法人日本雑誌協会のホームページによると、「子供の科学」が9万部ですから、それより少なかったのですね。(「子供の科学」も読みました。今でもあるのです、心強い。ちなみに、私がアマチュア無線免許取得の前後に読んだ「無線と実験」誌は、この携帯電話時代でも6万部出ています)
NPO法人建設教育研究推進機構という団体が、発行継続会社を探しているとのことですが、5万部とはいえ単独発行では難しいでしょう。


建設業の倒産が相次いでいるようで、平成19年1月から9月では社団法人全国建設業協会の会員だけで333件、前年同期291件より42件も増加しています。これに建設関連業もあり、今又建設関連書店にもその傾向が及んできているとなるとまさにかつての繊維産業の様な状況ではないでしょうか。
こうした傾向は、決して止まりません。いままた、地方格差是正の美名の元、税の「ばらまき」に近いことを主張する人たちが出てきましたが、底なし沼に金を捨てるようなものです。私などは「これでいいのだ」とどこかで聞いたようなセリフしか出ませんが、なにか世の中が大きく変わるときは、どこかにこうした状況が集中的に起きるものだと思います。
一方で若い人がすぐやめてしまうために、建設業従事者の高齢化が急速に進んでいます。建設業は人で持っているのに(労働集約的産業といわれます)今まで(今も)人を大事にしてこなかったせいでしょう。

今、今年の雑誌を整理していましたら、経済誌などで建設業の特集が掲載されているのを買ったのを見つけました。
12月「ゼネコン断末魔」(週刊ダイヤモンド)は最近取り上げました。1月は「ゼネコン自滅」(同)でした。2月は「談合列島」(週刊エコノミスト)、3月「建設54万社が半減する」(ZAITEN)、などなど。

出版社や建設業の行く末も気になりますが、建設事業の行く末ももっと気になります。最近、舗装の傷みのひどいと感じる道路がよくあります。大々的な舗装補修を数年前に行っているはずのところです。鉄筋の本数を間違えるなどのミスも報道されています。
もしかすると、もう技術は継承されないで、断絶しているのかもしれません。

技術は本によって継承されてきました。決してインターネットの世界ではありません。これは、今までもそうであったし、これからもそうであると思います。インターネットの世界で、世界中の活字を電子データにする試みが行われていると聞きますが、ついに全てが電子データになる時代がきたとしても、それはかなり遠い未来だと思います。
もちろん、継承は人から人への部分も大きいのですが、それだけでは職人さんの世界と変わりません。それは技能の継承です。本があるから、技術は(科学は)継承されるのだと思います。その本を出版するところが成り立たなくなったということは、土木の本が売れないことが原因とは限りませんが、ついに断絶が目に見えてきたのかな、と思ってしまいます。

 

 

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2007年12月5日

先週号の週刊誌「週刊文春」巻末グラビアに、首都高の山手シールドトンネルの写真が掲載されています。プロフェッショナルの撮影した写真だけあって、迫力があります。しかし、働く人間が写っていませんね。写真集が出ているるようなのですが、未見です。そちらにはあるのかもしれませんが。

土木工事の写真というと、これまではダムなどの巨大構造物記録写真か、明治大正昭和初期によくみられたような、たとえば完成した橋の前で関係者と思われる人々の集合写真(記念写真)などがあるだけでした。
しかし、最近は、東京湾横断道、環七地下河川、首都圏外郭放水路な、それに首都高など、トンネルの内部の様子を撮影した写真が多いように思います。
地下空間というのは、トンネル屋以外の人にとっては異空間で、自分がそうであるにもかかわらず、私も栃木県の大谷資料館の地下に行ったときや福島県のいわき市石炭化石館の模擬坑道に入ったときなど、そうした思いにとらわれた経験があります(もっとも後者の場合は、フタバサウルススズキイ=フタバスズキリュウにあえた方が記憶に残っていますが)。

考えてみると、いずれも人工空間で、鍾乳洞や風穴のような自然の地下空間には、ほとんど足を踏み入れていません。これは、土木屋人生の限界なのでしょうかね。

漆黒の闇とよく言いますが、シールドトンネルの中で明かりが消えた時はまさにその通りでした。シールドトンネルの中で大きな地震に遭遇したときは、空間がゆがむ様な感じを受け、地震とは地上に出るまで気がつきませんでした(めまいがしただけと思った)。
それに引き替え、地下鉄に乗っている時は、異空間という感じをほとんど持ちません。今の東京の地下鉄は、かなり深いところにあるのですが、深さを感じるものは周囲にはありません。わずかに駅で長大なエスカレータに乗っているときだけでしょうか。
まあ、そうした空間に、押し合いへし合いの人が存在するというのも異空間とは感じない原因でしょう。

しかし、それは困ります。首都をおそう巨大地震で、おそらく人的被害の少なからぬ割合は地下で発生するのではないでしょうか。現在、さまざまな震災対策が行われ、それは主として火災対策になっています。車両は不燃化が進んでいるので、駅部の火災対策が必要です。地下街では、火災に加えて商品や仕切り壁の倒壊、天井からの落下物などに注意が必要ですが、地下街そのものの崩壊も考えられます(不安をあおっているわけではありませんが、新規地下街が凍結されているようなことも考えないわけには生きません)。
トンネルは、おそらく地震では破壊されないでしょう。地上への出入り口が破壊されて、構内に閉じこめられることはあってもです。
水はどうでしょうか。ゼロメートル地帯では危うい気もしますが、現在少しずつ進められているスーパー堤防によって、流れ込む水は食い止められるでしょう。

火災はスプリンクラーで消せ、水もおおむね大丈夫となると、何が心配でしょうか。
それは、異空間意識の無いことではないでしょうか。その場にいて(乗車していて)いきなり闇となり異空間にスリップすることに一般の人は耐えられるでしょうか。非常灯がすぐにつかなくても、明かりは携帯電話の液晶があるという方もいますが、そのような訓練や広報活動は行われたのでしょうか。自分のいる空間が、突然違った世界になったとき、パニックにならないでいるのは難しいものです。

 

 

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2007年11月21日

18日の日曜日は「土木の日」でしたが、私は久しぶりに土木を忘れて趣味の世界に浸ってきました。

茨城県坂東市は、もと岩井市といって平将門の史跡の多いところです。その一端は、私も余暇のページの中「常総散策」に時々書いています。将門祭りが11日に行われ(将門マラソンもあった!)、続いて18日、「プレ国民文化祭・いばらき2008」として、「シンポジウム「茨城の将門」」が行われました。それに参加してきましたので、少し記録しておきます。

基調講演は「平将門と筑波山」と題し、高橋千劔破氏が話されました。将門の少年時代は全くわかっていないが、おそらく筑波山には何度も登って、板東の平野を眺めたことであろう、という話が、氏のいろいろな書籍編集者としての思いの中に語られていました(写真1)。

写真1 高橋千劔破先生の基調講演

写真2 パネルディスカッションです

150席ほどの小ホール(さしま郷土館ミューズ視聴覚ホール)でしたが、満席で盛況でした。旧岩井市では、毎年将門に関する講演会等を開催しており、私も数年前には一度参加したのですが、このところご無沙汰でしたので、非常に興味深く聞きました。
しかしながら、(高橋先生には失礼)最も勉強になったのは、続いて行われた「猿島、結城、相馬地方の将門−伝説の中から−」と題されたパネルディスカッション(写真2)でした。

市長さんと、将門の研究者(鈴木和人氏)、教育委員会学芸員(飯島章氏)の方がパネラーで、これまた書籍の編集者(根岸徹氏)がコーディネーターという構成でしたが、それぞれ「猿島地域」、「結城地域」、「相馬地域」についての伝説を紹介されました。
その中で、猿島、結城には史実と認められる場所が多くあるが、相馬には少ない、伝説は多いが、という学芸員の方の紹介が印象的でした。
相馬小次郎将門の舞台は相馬地域ではなかったのかもしれません。この一点だけでも、私には大きな収穫でした。

シンポジュウムが終わって外に出ると、ここ猿島の地から将門も見たであろう(ズームしてありますから、少し違うでしょうが)筑波山が夕陽を浴びていました。

写真3 猿島台地から筑波山遠望

それにしても我が守谷は、美術館、歴史館もなければこうしたシンポジュウムの開催されたこともあまり聞いたことがありません。少し文化的には寂しい気がします。(反論がでそうなので、一つ芸術方面「アーカス・プロジェクト」をご紹介しておきます。芸術も文化の内であることはもちろんです)

 

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2007年11月10日

昭和61年頃の話です。昔話をするようになったら歳をとった証拠だと言いますが、それはさておいて、先日、技術士会建設部会の見学会に参加して思い出したことがあるので書いておこうと思います。

見学会は、首都高速中央環状新宿線の富ヶ谷出入り口トンネルで行われました(関係者の皆さん、ありがとうございました)。2本のシールドトンネルの間を切り広げて出入り口を作るという大規模なものです(見学記は別のところで書いています:11月24日付記)。

どうも現場に既視感があることから、思い出しました。
当時(昭和61年)、私はある建設コンサルタントに出向しており、道路トンネルをシールド工法で行う場合の問題点などの調査を担当していました。直接の物件は飛鳥山公園をトンネルで抜けるための工法の適合性検討でしたが、これは、シールド工法での提案は見直され、NATM工法で開通しました。その当時、シールド工法は下水道、地下鉄、共同溝などが主流でしたが、東京湾横断道路が同工法で計画されており適用範囲が広がる兆しが見えている時代でした。
今回見学した工事が行われている通称山手通り(東京都道317号環状六号線)は、東京都品川区から、板橋区に至る都道で、当時からトンネル化の話が出てきており、ある日調査の一環として、全体を見ようと言うことになって、私におはちが回ってきました。
当時の記録を探して見ると、同年6月3日に10:30から14:30まで16Kmを踏査し、写真82枚を撮影したとあります。残念ながらこの写真は出向先においてきてしまったので手元にはありませんが(今あれば、貴重な20年ばかり前の東京の風景です)。
16Kmというと約半周にあたるのではないかと思います。ちょうど時速4Kmになります。記憶ではもっと長距離を歩いたように思っていましたが。

本欄6月10日にも東京を国会議事堂から秋葉原まで歩いたことを書いています。20年前も歩きが好きだったようです。
これは、高校時代の最も思い出に残る行事が、「歩く会」といって、昼夜兼行で70Kmを踏破することであったことに由来するのかもしれません(この行事は、同窓生の原作で小説になり、最近映画化もされました。私の思い出はそんな青春まっただ中ではありませんが)。

私は東京で最初の現場を経験しました。しかし2度目の現場は千葉県で、出向まではそこにいたので、おそらくまとめて東京を歩くのはこのときが始めてであったと思います。どのような順序で歩いたか記憶は定かでありません。おそらく朝品川区当たりから出発して疲れて終わりだったのかと思います。当時出向先は日本橋にオフィスがあったので、夕方足を引きずりながら帰社したのは覚えています。

だんだん思い出すと、真っ先に浮かぶのは当時の自動車交通の多さです(今もですが)。都電が廃止され、当時の都知事の前の代の都知事が、1人でも反対があれば道路は造らないと言ったとかで、首都東京は車で埋まっていました。私はシールド工事の目で見ていたので、交差点では重点的に写真を撮りながら歩いたと思います。この、立坑というのがやっかいで、しかしどうしてもどこかには必要なものです。いっそのこと、1カ所ですませて、環状にずっとシールドを掘進させ、元に戻れば劇的に少なくなるのですが。とは言っても、地下鉄漫才ではありませんが、どこからか電車を入れなくてはならず、都心を離れた場所に基地を作るという手もありますが、駅は必要で、駅には出入り口も必要です。また道路であればこれも出入り口が必要となりますが、都内の通過交通だけを捌くのであれば、ずっと遠くに出入り口を設け、長距離大深度トンネル1本という手も考えられます。道路の長大トンネルというのは、いろいろ解決しなければならない問題(排気、火災、事故、避難など)もありますが。

今回見学させていただいた富ヶ谷出入り口トンネルも、売りは非開削トンネル切り広げ工事(地下で、平行した2本のシールドトンネル間をパイプルーフや地盤改良で防護しながら掘削して切り広げる)なのですが、ご覧のようにまだまだ広く道路を占用しています。

首都高速中央環状新宿線富ヶ谷出入り口工事現場

自然破壊と社会生活への多大な負の影響が、土木工事の評判の悪さを招いている印象です。工事は永久には続かないので、過ぎてしまえば利便性が勝るとは思っても、やはり現在の生活というものは重要です。土木永遠の課題でしょうか。

明日11日はRCCM試験日です。天候はあまり良くないようですが、がんばっていただきたいと思います。


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2007年10月30日

8月1日の本欄で書いたツマグロヒョウモンのために、我が家の猫の額の庭にたくさんあったスミレのほとんどが、見るも無残に茎だけを残して葉がなくなりました。去年まではこんなことはなかったので、探してみるといました、幼虫が。幼虫もまたかなりおどろおどろしい姿かたちです。
この欄を読んでくれている方の中に、毛虫が嫌いな方もおられるといけないので、写真は別ファイルにしました。そうした方は見ないようにしてください。ここをクリックすると写真があります。今度はさなぎを探してみようと思います。
アゲハチョウの幼虫が、山椒の葉を食べつくしてしまうのと同じように、ツマグロヒョウモンも大変な食欲です。成虫(つまりチョウ)は、コスモスの花によるのだそうで、近くの調整池にはそれがあり、また、わが市では、広大なコスモス畑もあります(この記事は昨年のものです)。成虫は生きていくのに不便はないようです。最近では、追いかける子供も少なくなりましたから。

日曜日に、「建設フェスタ2007」に行ってきました。いつもは水戸の近くでの開催なのでなかなか足を運べませんでしたが、本市のお隣、つくばみらい市(つくばエクスプレスで1駅)での開催なので、のぞいてみたのです。
写真のように、会場には大勢きていましたが、なにせ対象が子供ですから、子供ずれでない当方は、スタンプラリーに参加もできず、建設機械体験運転もできずにうろうろして帰ってきました。
ここは、最近急速に家が建ってきている新興の地区なので、台風一過よい天気の中、少しでも子供の印象に「建設」が残れば、10年後には少しは「建設」人が増えるかもしれないと、期待も浮かんでくるようでした。発注官庁のパンフレットを少しと、トンネル工事から出た石(御影石)を3個ばかりもらったのが収穫です。これは、嫌いな人はいないでしょうから、プライバシーに配慮して写真を載せておきます。

写真1 みらい平駅(会場最寄り駅) 写真2 模擬上棟式(まだ始まっていなかった)

写真3 体験乗車 写真4 会場のにぎわい

この会場に珍客がいました。お殿様です。

写真5 バッタ

28日は2級土木施工管理技士の試験日でした。問題と解答が財団法人全国建設研修センターのホームページ掲載されています。受験生の皆さん、いかがでしたか。

 



2007年10月25日

雑感2題
(1)紙とコンピュータ
テキストなどの執筆をするため、法規を調べることがありますが、最近の改正の頻度は実に多く、その中には未施行で、施行期日が決まっていないものなどもあります。本になって出るのは数か月先ですので、その時点では施行されているかもしれず実に悩まされます。それが、重要な内容であればなおさらです。
随時インターネットを参照すれば大部分はわかるし、官庁からは毎日記者発表事項などをメールで配信してくれますので、それをチェックしていればなおさらです。私は仕事柄国土交通省と環境省、経済産業省のサービスを受けていますが、毎日たくさんの項目が記載されていて、読むだけなのですが大変です。こうなると紙(本)の役割は何かと考えさせられます。

しかし、個人の場合はそれでよいのでしょうが、講習会、研修会などでは、そうはいきません。やはり紙(本)をテキストにしないと成り立ちません。ずっと昔、コンピュータが普及すれば紙の消費は少なくなるなどと言われましたが、私自身の状況を見れば、日々紙が増えています。一度読めば必要ないものでも、とにかく携帯に便利で、いつでも、それこそ夜布団の中に入っても読めるのは、紙しかありませんので、増える一方です。
知り合いの技術士は、最近普及し始っている両面を読み込んでPDFファイルにしてくれるスキャナを利用して、保存する紙を減らしていると言っていましたが、それにしても読む場合はコンピュータの画面よりは紙にするしかないのではないかと思ってしまいます。
雑誌などのバックナンバーは、最近ではCD-ROMになって発売されているものもありますから、その時点で紙(本)のほうは処分しますが、なんだか2重投資のようで釈然としません。まあ、ウサギ小屋の保管スペースはふえますが。
けれども、著作権という難関があって、CD-ROMを参照すると、見たい写真が抜けていたりしますから、これも万全ではないのです。

というわけで、最近携帯電話でTVを見るようになってきていることを文書に応用したらどうかと思いますが、とても老眼では読めないでしょう。画面を大きくすれば、それこそ話は元に戻って無限循環になってしまいますから、こうして愚痴っているより仕方がないのかと思うのです。

(2)ボランティア
世の中が高齢化し、リタイアされた方々が地域でいろいろな活動をされつつあります。この方々は、ご自分のこれまでの経験を、いろいろな方面でボランティアとして生かしておられるようですが、ここにも釈然としない問題があると感じています。それは、競合する仕事を生活の糧にしている人も多いということです。
一方は交通費のみで引受け生活維持は退職金と年金、一方は何がしかのフィーをいただくとなれば、その価格差は歴然としてきます。同「業」であれば価格競争、品質競争を行うこともできますがボランティアは「業」ではないので、その時点での差は埋めようがありません。依頼するほうにしてみれば、費用対効果比の高いほうがよいに決まっています。
また、大義名分も用意されています。たとえば「公」がそうした方々に依頼して検討委員会などを組織し、行政目標を立てることが行われていますが、コンサルタントに発注するよりは、地域住民の手で行うとなれば、何しろ費用はかからないも同然ですから、議会の賛同は得られやすくなります。

こうしたことが何を産むかといえば、専門家軽視ではないでしょうか。たとえば都市計画などを住民の手で行うことは一見有効な風に見えますが、都市計画にはやはり専門知識と経験が必要です。ボランティアであれば、多少専門とは離れた場面での経験であっても依頼するほうは受け入れやすくなります。
教育問題などで、実業家の方々がいろいろな意見を述べられていますが、昔は公立大学に必ずあった教育学部で教えておられた教育学専門家の名はほとんど聞きません。子供たちを集めてスポーツを指導している人の中に、きちんと指導法を学んだ「専門家」はどれだけいるのでしょうか。会社勤めでパソコンに習熟した人(これを専門家とは言わない)がボランティアで地域パソコン教室を開くのとはわけが違います。餅は餅屋ではないでしょうか(老舗といわれた餅屋も偽装する世の中では、そうも言えないか)。
世をあげてボランティアで安く、安いから少々専門から離れてもよいという風潮になってはいないでしょうか。最近、若者の技術離れとか理工系離れということを聞きます。むしろ専門家離れではないでしょうか。1年や2年の留学で金融や経営の専門家であるといえる世の中ですから、下手をすれば10年以上もかかる理工系専門家にはなりたくないでしょう。なんだか論旨が定まりませんが、まあひとりごとですからご容赦を。




2007年10月12日

ふだんからいろいろなところをふらつく(散策)するのが好きで、そんなサイトまで作ってしまっていますが、繰り返し行くところはあまり多くありません。
その中で、東京神田の神保町古書店街は、東京に用事で行った時は必ずぶらぶらと流して歩いています。書店の中に入るのは、何か目的がある時です。以前からのめりこむと止まらなく、西部劇の本、新撰組の本、将門関係の本と、時期により集中的に探しまわりました。邪馬台国の本などのときは懐(財布)との相談が大変でした。将門のときは専門雑誌まで漁りに行きました。先年、蔵書の多くを処分してからは、幾分慎重になりいまは特にありません。
普段は、路上に出ている一冊100円などという台を見てまわっています。土木関係の本は、こうしたところにはめったになく、科学技術書関係を扱っているある書店の地下がほとんど唯一の場所だと思います。しかし、土木関係の「面白い」本はめったになく、みな基準などの解説書の類で、土木の貧困が古書にも出てきています(棚の幅がどんどん情報関係に浸食されているような気がしますが・・・)。
台の上で主に探すのは、手に取れば崩れそうな本で、それを見つけた時などは、思わず手が出てしまいます。最近では「明治大正史 世相篇」(柳田国男東洋文庫 昭和42年)、「加波山事件」(同 昭和41年)などがありました。
以前、「中世的世界の形成」(石母田正 伊藤書店 昭和21年 定価35円)まで400円で買ってしまいました。さすがに私と同い年だけあって、活字はかすれ、開けばバラバラになってしまいそうで、ぱらぱらと拾い読みしかしていません。こんな名著は今でも文庫で読めるのですが。
買ってどうするかといえば、気が向けば読みますが、たいていはニヤニヤして眺めているだけです。こうなると切手収集などとそう変わり映えがしません。

しかし、神保町とはすごいところで、西部劇に出てくるウインチェスター銃まで売っています。本物らしいのですがアメリカ製ではないのです。
面白いのは、映画館で映画を見るとき購入するパンフレットです。以前は私も映画を封切り館でみると必ず買っていました。買いぞびれた(封切り館でなく見た)映画を神保町で探すと、たいていはそろっています。

こうした古書店は、最近増えてきている本のリサイクルショップとは違って(「コショ」と「ふるほん」として区別するようです)、専門についてはその店主は学者にも負けないといいます。ですから、私のような素人が何か尋ねても、瞬時に見抜かれて、対応が非常に厳しいことになります。先客がなんとなく大学教授風であった時など、その対応が非常に丁寧なので、ひとつ聞いてみようかなどと思って切り出すと、「ない」の一言で切り捨てられるだけです。別に、それがよろしくないと言っているのではなく、書店とはいえ新刊書籍を扱う書店とはまた違った面白さがあります。
最近では、大型書店に行くと、若い店員が、よく勉強していて、書名を忘れている本の概要を言うだけですぐに教えてくれます。しかし、それは新刊、つまり置いてある本だけです。本の回転は速く、日々出ては消えていく(並ばなくなる)ので、探すのは大変です。

本といえば、神保町となりますが、図書館も充実してきました。私の住んでいる市にある図書館には、何でこんな専門的な本があるのかというような本もあります。以前はJISを調べるのに苦労(サラリーマン時代は会社にあったが、独立した当初はすべて自前にならざるを得なかった)したのですが、今は車で10分、コピー代だけでJISが調べられます。時には、市立図書館に必要なのかというような本もあります。たとえば、「最新測量機器便覧」(山海堂2003年)を見つけ仕事の資料にしたことがあります。

閑話休題。
神保町に匹敵して面白いのが秋葉原です。この原稿を書いている機械は自作なのですが、その中の多くの部品はそこで調達したものです。今では「萌え」の世界になったようで、すこし足が遠のきましたが、以前はよくPC売り場やパーツ店を流したものです。最初に買ったのは、ラジオ会館でのケーブルコネクタです。「2台のパソコンをつなぐ本」などを読みながらLANケーブルを自作した時で、息子がまだ小学生でした。隣の部屋同士でPC-8801をつないで喜んでいたものです。
近年、つくばエクスプレスのため、また最寄り駅になって来ました。以前と違ってきたところは、高層ビルが建っただけでなく、駅などの表示に外国語の種類が増えたところですが、パソコンメッカ(今はゲーム機メッカか)であることに変わりはないようです。
さすがにこの歳になると、ジャンクメモリなどを買おうとすると店員が丁寧にその危険性などを教えてくれたり、ブランド品を薦めてくれたりしますが。
もっとも、秋葉原は懐との相談が、神保町と比べて格段に多くなり、たいてい私のほうが負けて、「見るだけ」の結果になります。

今後行きたい街の筆頭は巣鴨の地蔵通りです。なかなかその近くでの仕事がないだけで、行こうと思えば行けるのですが。
別にこの歳になったから「おばあちゃんおじいちゃんの原宿」に行きたいのではなく、私が最初にシールド工事を経験したのが、この通りなのです。メカニカルシールド圧気併用でした。冬の深夜、この通りでセンターボーリングをしたこともあります。近くの大学で無届のファイヤーストームが行われ、消防車が場所を勘違いして現場に押し寄せたこともあります。坑内から上がってきたら(考えてみると当時は新入社員でしたが、1年目にしてもう夜勤をしていたのです)消防車がたくさんいるのでびっくりしたのを覚えています。37年後の今ではどのように変わったか楽しみです。

ということで、今回はほんとうのひとりごとになりました。


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2007年9月27日

少し調べることがあって、「伊奈町史 史料編三」(伊奈町史編纂委員会 平成11年(1999)3月31日発行)を読んでいたら、面白い文書が収録されていました。念のため、この伊奈町は現在では合併して「つくばみらい市」という長い名前になった茨城県の市です。文書は付録としてここに収めてあります。

何を面白く感じたかというと、明治15年当時の橋梁架け替え工事の入札記録で、しかも落札した者が期日までに書類を出さず、保証人も同様だから無効にしていただきたいという県への上申書だからです。残念なことに本文解説には、この文書に関しての記述がありません。やはり、歴史を研究する方々は、こうした土木工事には関心がないのかと、少なからずがっかりしました。

気を取り直してその内容を見ることにします。下のグラフは、入札額のグラフです。

金額は円ですが、当時のことですから「298円88銭8厘」などという細かいものもあります。300円が予定価格ではないかと思ったのでしょうか。平均額が326円程度ですが、図を見ると300円を超えている者が多いので、そうでもないらしい気もします。もっとも、この時代に予定価格があったかどうか私は知りません。

最高額と最低額の差は「127円65銭」もあり、最低額(267円85銭)の47.7%もあります。明治15年当時、広く談合があったかどうかわかりませんが、これを見る限りなかったように思えます。落札者がなぜ契約しなかったのか不明ですが、それも談合の結果ではないことを示しているのではないかと思います。
この金額がどのようにして算出されたのか、この後、橋はどうなったかなどが判る史料があるともっと面白いのですが、さて明治15年ではどのように探してよいものやら、歴史の素人の私には見当もつきません。

土木史の本を読むと、工事の時系列な説明ばかりで、あまり面白くありません。人名が出てきても官の技術者ばかりですから、英雄譚を読むようです。当時の技術の解説はあっても、技術史的な評価は少なく、まして、本史料のようなものは見たことがありません。随意契約や特命の時代であったせいもあるでしょうが発注者予算は書いてあっても、落札者については無いようです。かろうじて、大手建設会社が出している社史には、時々その記述があるようですが。

さて、面白がっていても仕方がありませんが、これからどのように切り込んでいくかは、歴史研究の素養の無い私にとっては難問です。
というわけで、今回は一人で面白がっている、結論の無い文章になりました。

 

顧問先です。ECサイトを持ちたい方のご相談に応じています。





2007年9月15日

「日経コンストラクション」の9月14日号の「ねっとわーく」欄に、大学の準教授という方の投稿があリました。大学のオープンキャンパスに「建築学科に約300人が集まったのに対して、土木工学科は20人」だそうです。私が非常勤で土木の一部を担当している専門学校でも同じような傾向だと聞いています。
建築界は、耐震偽装とそれによる改正建築基準法の、とくに建築確認で大変なようですが、それは響いていないようです。土木界では、積年の問題(談合、汚職、etc.)が一向に解決できていない状況のなかで、なんだか方向性を失っているように見えます。
格差是正の名の下に、またまた地方への公共事業費の増額が政治の場では首をもたげてきているようで、迷走もきわまったという感じです。

少なくなった、土木に携わる人は何をしているかといえば、とにかく目の前にある「作業」(書類作り、審査、低入看視etc.)で手一杯、とても人材育成や土木の夢を語るなどの方面へ気が回らないのでしょう。
そうこうしているうちに、現場で働く技能的労働者は高齢化し、もうすぐ引退していきます。こうした人たちは、学校で学んで定期的に社会に出てくるわけではないので、一度少なくなれば、一朝一夕には育ちません。今は、学校を志向する人が少なくなった話題ですが、根は同じでしょう。定期的に出来る分、学校の方が楽ともいえます。

土木の人気がなくなったのは、何も今に始まったことではなく、学校での名称が「土木工学科」であるのが普通であった時代は、もう何十年も前の話です。何しろ、「土木」の名称まで変えようなどの議論があったくらいです。人気がないから改名して、としか考えられなかったつけが回ってきたのだというのが、少し突き放した感想です。
土木の世界は、近年の本質的な社会の変化に対応できず(対応せず)、表面を取り繕うことで生きながらえてきています。

しかし、いい機会ですから、この先生の問いに本欄なりの答えを出しておくことにします。
問いは、「土木業界で働きたい、土木工学科で勉強したいという若者を増やすには、どうやって訴えていけばいいだろう」です。

答えは次の通りで、これは本欄で前にも(7月15日)書きました。
オープンキャンパスなどに来た人に語るだけではなく、自分の方から出て行って、まだ若者にまでなっていない人(子ども)に、繰り返し繰り返し語りかけることしかありません。繰り返しの丁寧な解説・説明に効果のあることは、投稿者も認めておられます。それは、対象が、少数ではあれ何らかの興味を持って学校に入ってきたからではあります。
「おもしろ理科先生」などの制度があって、小学校などで授業をしていますが、そのなかに、土木技術者ははたして何人いるでしょうか。子どもたちの目の前で、物理や化学などのように実験できることは少ないかもしれませんが、模型の橋・トンネルでの力学の可視化などはどうでしょうか。理科の先生と共同で出来るテーマかと思います。
社会科の中でも、たとえば「わが町の土木探検」などは格好のテーマでしょう。(小学校では、入学すると「学校探検」、少したつと「私たちの町探検」をしませんか?「ゆとり教育」はなくなるようですが、どうなのでしょう)「出前講座」などで、行政の技術者が出かける例もあるようですが、回数がごく少ないようです。第一、呼んでくれたら行くというのは、土木全体の営業としては、効果的とは思えません。
今、オープンキャンパスに来てくれた人は、もちろん大切にして、投稿者のように丁寧な説明が必要ですが、景気が回復したら、とか、もう少し建設業者が(倒産で)減少したらなどと考えているよりは、10年後のことを考えなければならない時期であると思います。「米百俵」がにぎわったのはつい最近のことではないでしょうか。「米百俵」土木版をしなければ、とても人材育成は出来ないと思います。
実は、私も上のようなテーマで子どもたちに語ろうと、県の推進する制度に応募しましたが、1年間1件のお呼びもありませんでした。方向性を変えなければならないと思っています。
すでに、行政も社会資本の積極的整備という視点での政策には及び腰ですから、そこで考えなければならないことは、どこが主体になるかということです。
どうですか、各地の建設業協会は、現に土木を学んでいる学生の見学会や現場体験だけでなく、小学生の時から土木技術者を育てるという活動を開始しては?
とてもそんな余裕はない、そうしたことは国家(行政)のやることだとの声が聞こえてきそうです。

ときあたかも、大きな政府対小さな政府の論争がアメリカと日本で始まっています。たぶんにハプニング的な論争開始ですが、今のところ日本での民意は大きな政府の方に傾いていますから、さてどうなるのでしょうか。民間(学会や協会など、NPO的団体を作っても良い)が適当か、国(行政)が総合的施策として取り組むべきか。

ともあれ、その内容に関する繰り返しの丁寧な説明と解説が、人の心、とくに小さな人の心を変えていくことは土木の場合にも当てはまることは確実です。ここにも王道を行くしか道はありません。


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2007年9月6日

特報!!第2弾!!

4日10:00、我が家で糸トンボに遭遇しました。ここ数年お目にかかれなかったので、この近所にはもういないかと思っていました。

糸トンボ

糸トンボのことを詳しくは知りませんので、ネットで調べてみましたが、この糸トンボがなんという種類かわかりません。以前は近くの調整池に行くとたくさん飛んでいました。今は草むらを探してもめったに会えません。この調整池は25年ほとんど変わらないので、何が糸トンボの減少原因であるか不思議な気がします。地球温暖化なら、こうした昆虫は増えてよいはず、乱獲するほど子どもたちがトンボとりをしていることはない、農薬散布は以前よりずっと少なくなった(田んぼがなくなった)、などなど。もっとも、25年前ここに住まいしたころは、ウシガエルの鳴き声がうるさく、何とかしろと苦情が行政に寄せられたほどでしたが、今はほとんど聞こえません。やはり、人間が多く住むということはそれだけで原因のひとつになっているようです。

糸トンボといえば、茨城県ではヒヌマイトトンボが有名です。1971年当時の茨城町宮前地区のヨシ原で発見され、発見地の涸沼にちなんで命名されました。生息地は、東日本から瀬戸内沿岸、日本海側、対馬など広いようですが、現在では絶滅危惧種となっています。

これで思い出されるのは、千葉県銚子市と茨城県神栖市にかかる「銚子新大橋」です(「利根かもめ大橋」)。着工(1994年)後ヒヌマイトトンボの生息が確認(1996年)されて工事が中断しました。その際、着工前に行ったとされていたヒヌマイトトンボの生息位置調査が、実は不十分で、それどころか調査報告書が改ざんされていたという問題までが出てきました。橋は今では完成していますが、トンボたちはどうなったかよくわかりません。橋台位置をずらしたり、湿原を移植したはずなのですが。
せっかく思い出したので、そのうち訪問してみようと考えています。

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2007年8月27日

酷暑とまで言われた夏も、朝晩はようやく涼しくなってきました。
毎年のことですが、今年もアゲハ蝶が我が家にやってきて産卵し、幼虫になって数匹(蝶になると単位は「頭」ですが、幼虫は?)うごめいています。(下左の写真)山椒は鉢植えの小さな木なので、もう葉がほとんどありません。
未だに蝉の鳴き声がうるさいくらいです。林に入ったら、左の写真のような光景が目に入りました。抜け殻が3匹重なっています(下右の写真)。まさか同時に脱皮したのではないでしょうから、日を置いて次々に重なったのでしょう。一般には珍しいのかどうかわかりませんが、私には珍しい風景でした。

私の住んでいる守谷市は、TXの影響で、現在マンション建設ラッシュです。高さ95mの高層マンションの建設も始まって議論を呼んでいます。
私の家は市のはずれなので、こうした建設ラッシュの影響は受けていませんが、昨日の「日本経済新聞」記事に、最近出来た巨大ショッピングモールのお客に、赤ちゃんを連れた若夫婦が目立つとありました。もうだいぶ住まいされているようです。

25日と26日は、昨年に引き続き「きらめき守谷夢彩都(ゆめさいと)フェスタ2007」が、TX守谷駅前で行われましたので、少しだけ見に行きました。仕事関係の知り合いなども出店しているので、様子見です。なかなかにぎやかでしたが、何しろ暑いので、皆さん出来るだけ日陰にいようとしているようでした。(下の写真)

小さな機関車と列車(上右の写真)も待機していました。石炭(?)で動く本格的な蒸気機関車で、うれしくなりました。



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2007年8月18日

今週(来週?)の「日経ビジネス」(2007.8.20号)は、この雑誌には珍しく建設業界の話で「製造業の縮図ゼネコン 現場力を取り戻せ」という特集です。
バブル崩壊での採用縮小と高齢化で、ゼネコンの技術職員の技術力低下が問題になっていますが、それが職人(鉄筋、型枠、左官職)の世界にまで及んできている。価格競争のための低賃金と労働の3Kで、新規入職者は減り続け、それが、品質、安全はもとより利益率の低下を生んでいる、といった内容です。仕事が減ったため、OJTに頼り切っていた建設業界での技術力継承は、すでに成り立たなくなっているとは、私もこのホームページなどで何回か書いてきましたが、それが、建設業界全体に及んできているというわけです。
特集では、各社のそれらを回避すべく真剣な取り組みも紹介されています。
紹介されているある建設会社の「サバ取り」などは、ずいぶん以前から言われてきていますが、現実にはほかにどれだけの建設現場で行われているでしょうか。「現場は無駄の塊だ」という話もしてきていますが、逆に言うと、まだそれだけ利益が転がっているというわけです。
【“新天地”など絵に描いた餅。本業の競争力強化にしか存在理由はない】との見出しもあります。これも、まさにその通りです。

まあ、といったわけで、新しい内容はあまり無い様に感じましたが、目を引いたのは「日経ビジネス」が、建設業界を【製造業の縮図】と位置づけたことです。(いつも経済誌を読むと違和感のあるように、今回も、土木と建築の視点が渾然としていますが)建設業が製造業に分類されないことは言うまでもありませんが、昨今は、「ものづくり」という観点で振り分けますから、建設業もその中に入るとされたのでしょう。
談合や、ダンピング問題だけがこうした経済雑誌の特集(「建設崩壊」「建設壊滅」などの見出しが躍ったこともたくさんありました)であったことが長く続きましたが、ついにというか、ようやくというか、真っ当な方向に議論が向かってきたことは喜ばしいことです。
また、いろいろなところでゼネコン職員(や公務員技術者)の技術力の低下が取り上げられてきましたが、その正体が、「マネジメント力」の不足という観点で取り上げられたことも、「日経ビジネス」であるからこそではないでしょうか。
やること、やれることはたくさんあるのに、「マネジメント」が無いため、建設業は長らく苦しんできました。最近、またも私が親しくしていただいていた地場のゼネコンが倒産しました。振り返ってみると、老舗にありがちな(これもいつも言うように、過去の成功体験のなせる業)悪あがきをしない会社であったようです。なりふり構わず悪あがきをするのは、少し効率は悪いですが、マネジメントを始める第一歩です。止まっていたのでは退歩だ、とはよく言われますが、何のためにマネジメントをするのかといえば、止まらないためです。

同じ号の「強さの研究」というページで、家具の専門チェーン店「ニトリ」が取り上げられています。その中の編集長インタビューで同社の似鳥社長(社長のお名前だったのですね!)が最後に語られています。【僕はいつも逆境をまっているんです】(48ページ)
建設業界は、何度も「氷河期」を経験しました。考えてみれば、今までのは単なる「小氷期」であったのかもしれません。今こそ真の「氷河期」で、「逆境」そのものです。チャンスがようやく到来しました。

実は、こうしたメジャーな雑誌で土木業界の声を知るのも良いですが、身近なところにも生の声を聞く手段はあります。
今、社団法人全国土木施工管理技士会連合会が発行する、「平成18年度土木施工管理技士に関するアンケート結果(現場土木技術者の声)」(平成19年3月同会)を購入し、読みすすめているところです。安価ですから、ぜひご同業の皆さんにお読みいただきたいのですが、自由記述が延々と箇条書きで出てくるため、しかも短い文章で不満を述べるものが多いため、背景が良くわからないことが多く、全体像を描くのに苦心しています。
アンケートの内容が、主として発注者に言いたいこととなっていますので、意見は限定されますが、拾い読みしたところでは、発注者の技術力というか土木的素養(ITリテラシーも含む)の無さを問題点として上げている方が多いようです。
これに関しては、「日経コンストラクション」8月10日号で「発注者の本音」という特集があります。(そういえば、同じ号に「低入札より深刻な人材不足」という調査レポートがありました。「日経ビジネス」と連動しているようです。もっともここでは、中堅技術者の労働環境悪化がテーマです)良くも悪くも土木業界は発注者と一体ですから、ここはひとつ「マネジメント力」というくくりで、土木技術者を考えてみようではないかと思います。もちろん、技能労働者の不足も由々しき問題で、少子化時代では避けて通れない事項ではありますが。

さて、そうなると、一体であるはずの土木界の「学者」「研究者」は何をしているのでしょうか。「土木学会誌」8月号の特集は「あなたの子どもを土木技術者にしたいですか、お母さん、お父さん?」でした。「土木技術者の社会的地位向上のために何をすべきか」の企画ということですが、いまどき親が子どもを何かに「したい」といったら子どもがその何かになろうとするのですか?


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2007年8月7日

本年度の技術士2次筆記試験が終わりました。有名な技術士受験対策サイトを見ていると、カンニングらしきことで退場させられた受験者や、計算機(電卓)を取り上げられた受験者がいたという投稿がありました。技術士会のサイトには、6日現在何も出ていませんでしたから、事実はどうであったのかが不確実ですが、同サイトにありもしないことを投稿するとは考えにくいので、かなりの確率で事実なのでしょう。

投稿者は受験者でもありますから、何が起きているかを見極めようとしたら、自分の記述がおろそかになりますから、詳しくは見ていないことは良くわかります。
今までの受験者に、このような人が皆無であったとはいえませんが、私の知る限り話題になったことは初めてではないでしょうか。(隣の受験者の下敷きや小さなメモが怪しいなどの投稿はちらほらあったような記憶がありますが、退場とは初めてでしょう)
1次試験の技術者倫理を通り過ぎてきている受験生が、と、思いますが、所詮は試験ですから、誘惑か圧力かに負けてしまったのでしょう。ついでに、イヤホンをはずさずにいた受験者の目撃やらが出てきたのは、かなりの確率でそのような人がいることを示唆しています。しかし、やはり皆さん、自分の結果が気になるのか、掲示板が盛り上がる(最近は炎上というらしい)ほどではないようです。
数年前には、試験問題の誤りで技術士会への批判が同じ投稿欄で多くあったことがあります。今度は、受験者の側です。公平性の観点から、こうした受験者への受験停止などの罰則が与えられるのかどうか、総監部門であれば現在技術士である可能性も高いので、資格剥奪などがあるのか、少し興味を持って推移を見たいと思います。

時を同じくして、日本技術士会から送られてきた会誌に、沖縄県の建設コンサルタントが、「技術管理者の名義借り問題」によって「消除」されたとの記事コピーつきで、新会長の声明がはさんでありました。「法令遵守、技術者倫理の重要性」を呼びかけています。
沖縄総合事務局開発建設部の6月19日記者発表文書では「別紙のとおり40社45登録部門を消除しました」とあります。131社のうち40社(45部門)ですからとても少ないとはいえません。国土交通省は全国調査を行うとのことで、しばらくは余波が続くでしょう。建築士の世界も混乱しているようですが、技術士(建設コンサルタントに係る部分だけですが)の世界も波乱があります。
しかし、こうした問題は、個人の問題とされがちで、しかも建築士の耐震偽装とは違い実害が良くわからないので、あまり波紋が大きくなるとは思えません。会社にとっては厳しいのですが現況報告書の虚偽記載とはまた違った質のものです。こちらも技術士会としての何らかの行動(以前の酔っ払い技術士を戒告した件と同じく)をとるのかどうか、興味があります。

一言ひとりごとを言えば、カンニングや名義貸しなどは倫理の問題ではなく、ルール違反の問題ですから、そもそも酔っ払い技術士とは本質がまったく異なり、ペナルティを伴わなければ何の意味もありません。建設業の経審でも虚偽記載問題があって、最近では関与した行政書士が処分されたという記事をちらほら見ます。いくら業務独占ではなく名称独占だとは言っても、「士」ですから、ここははっきりさせましょう。

今(7日7:30)気がついたのですが、5:00ごろからずっと日本技術士会のサイトにつながりません。何らかの発表があるのでしょうか。


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2007年8月1日

特報!!

今朝、我が家に新しい蝶が来ました。ツマグロヒョウモンというようです。まだ羽化したばかりで飛べません。7:30。

続報(8月3日)
8:30、飛べるようになったため、まずお隣の庭に行き、それからすぐどこかへいなくなりました。この蝶のことを調べてみるとすぐわかりました。タテハチョウ科
の亜科で、都市周辺ではヒョウモンチョウの中で最も見る機会が多いとのことです。もともと南方系で、近畿地方より西だけにいましたが、2006年現在、北関東でもほぼ定着し、普通種になりつつある、ということです。地球温暖化の影響でしょうか。幼虫がパンジーなどスミレ類を広く食べるということで、我が家のスミレ(群落をなしている)を捕食していたのかもしれません。



2007年7月26日

「ナショナル ジオグラフィック」日本版7月号に「地球の悲鳴マラリア」という特集があります。本誌は毎号読んでいますが、この特集は衝撃的であったのでここでご紹介します。

世界は現在、史上最悪と言ってよいマラリアの大流行に見舞われていて、その流行地域は106カ国、5億人が感染し、少なくとも今年は100万人が死亡するだろうというのです。
死者の大半は5歳未満の子供で、圧倒的多数がアフリカに集中しており、20〜30年前と比べて、年間の死亡者数は2倍以上に増えているという記事です。その原因はもちろん、ハマダラカのメスが人の血を吸うときマラリア原虫が体内に入り、爆発的に増殖することです。
著作権の問題がありますから同誌75ページのグラフはここに掲載できませんが、書店でもこの雑誌は手に入りますから、ぜひ購入して見ていただきたいと思います。
1990年代半ばにDDTが、地球環境を汚染するとの理由で使用が禁止されたのは、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」(新潮文庫ほか)によるところが大きいのですが、時を同じくしてマラリア患者が急増し、2000年に再度使用可能となると減少に転じたことが圧倒的迫力のグラフでわかります。
「沈黙の春」は、野鳥、昆虫などの減少がDDTその他の化学物質によるという、環境への重要な影響を与える人工物について警告を発し、環境問題告発のさきがけとなりました。
しかし、DDTの禁止によって今度は人間が大量に死亡するという、新たな問題が生起していたのです。

もちろん、慎重な学者の中では、マラリアの蔓延はDDT禁止による影響だけではなく、エイズの蔓延にも関係があるとしている意見もあるようです。しかし、2006年9月、WHOは「マラリアをなくすために、有機塩素系の殺虫剤DDTの室内残留噴霧(IRS)を奨励する」という、重大な方針転換を示したといいます。農業使用や、昔私が子供だったころ行われていたような人体に直接噴霧する使用ではなく、部屋の壁に噴霧し、血を吸って壁で休息する蚊に対する攻撃のみが奨励されています。

これらのことを私が何で知ったかといえば、先の「ナショナル ジオグラフィック」日本版7月号記事だけでなく、同時期に発売された岩波書店「リスク学入門」全5巻の第1巻「リスク学とは何か」(2007年7月4日第1刷)第5章「環境リスクの考え方」(中西準子:産総研)によります。(何の脈絡もなしに読んだ雑誌と書籍に、同じテーマがありました。しかも連続して)
「環境保全のためにDDTを禁止してきた陰で、この悲惨な状態が30年近くも続いた。なぜ、もう少し早く手が打てなかったのか」(159ページ)という問題意識によるこの論文にも、環境影響評価方法に関する重大な事実が述べられています。

この論文の中で、環境問題では、最近、リスクトレードオフ(「現在問題にしているリスクを削減するための努力が、逆に他のリスクを増大させてしまうこと」(同165ページ)事例が「非常に多い」と述べられています。
現在の影響評価によって得られる結論をすぐに適用し、リスクゼロを目指すことは、リスクのダイナミックには対処できないのです。
環境保護派といわれる人々は、限りなくリスクゼロを要求します。行政は、その声を無視できないため、同様の主張と処置を行います。これに私は懐疑的であったのですが、その理由は、あまり科学的とはいえない印象論でした。
たとえば、体に悪いからといって減らしたコレステロールが、何年か経過したら、実は脳にとっては必要不可欠であり、まったく減らすことは逆によろしくないというような考え方が出てきたようなことがあります。いろいろな発ガン性物質にしても、現在では通常の使用方法であれば否定されているものがいくつかあります。

つまり、リスクは、唯一絶対の事象であるとは言えず、その評価方法が変化すれば、ないし進展すれば変わっていくものであるといえます。
これに関して、同論文には、ほぼ私の印象を的確に表現していただいていると考えられる部分がありますから、すこし長くなりますが同176ページから引用します。

「もしかして、100年とか500年とか後に、実はDDTのために生物が絶滅してしまうこととかを考えなくてもよいのか」という質問に、「将来こういうことが起きるのではないかということを考えてリスク評価を行っている」が「いま考えていないが、将来何か悪いことが起きることも十分ありうる。いまの時点で、すべての危険や不確実性を予測し、それをリスク評価に組み込むことは不可能だし意味がない、いやマイナスである」、「一定の範囲内で予測をし、少し行動を増やし、その結果を見る。その結果を入れて、次の予測をし、というようなことをくりかえしつつ進めていくのが賢明な方法である」「実践しながら評価するのである。」

正しく伝えられたかどうかわかりませんので、リスクに関心のある方はぜひ本書をお読みください。こうした考え方は、管理の基本といわれるPDCAサイクルそのものであると思います。
近年、あれかこれかという2者択一の問題提起が多く見られます。私はほかのところで「Doの優越」と書きましたが、これも同じことであると思います。
しかし、この世の中で、何かが起こって後でわかることは非常に多いと思っています。今はわからないけれど、なにか新しい事態が起き得るのだということを考えに入れた行動が必要です。リスクのコントロールとマネジメントは、何かが起きた時それだけに対処する技術ではなく、「一定の範囲内で予測をし、少し行動を増やし、その結果を見る。その結果を入れて、次の予測をし」、という技術なのです。

それにしても、このマラリア問題は、もっと世の中に知られてもよいのではないでしょうか。


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2007年7月15日

「建設産業政策2007〜大転換期の構造改革〜」という報告書(最終)が、6月29日に「建設産業政策研究会」から発表されました。この会は「国土交通省総合政策局長の私的諮問機関」であり、昨年6月からの約1年間に計14回討議の場が開かれたということです。
最近のこうした諮問機関では、たとえ「私的」と謳っていても、近い将来の行政の方向性が決められていることが多いので、じっくり読み込んでみました。

建設産業を取り巻く変化として、建設投資の減少、談合廃止の社会的要請、品質確保の懸念、産業としての魅力の低下、就業者の高齢化、将来の担い手不足などを挙げたうえで、構造改革の推進により、今後の建設産業政策の方向性を5点を示しています。
   1.公正な競争基盤の確立
   2.再編への取組の促進
   3.技術と経営による競争を促進するための入札契約制度の改革
   4.対等で透明性の高い建設生産システムの構築
   5.ものづくり産業を支える「人づくり」

副題にまったく異存はありません。小泉首相の時代が終わって、「構造改革」という言葉もすこし遠ざかってきていますが、いくらなんでも戦後60年をほぼ同一の「構造」でやってきたのですから、建設の世界も変わらなければならない時期です。
本報告でも随所に出てきますが、「我が国がこれまでに経験したことのない人口減少社会」こそ、「構造改革」を後押しするでしょう。何も、建設投資額がピーク時の6割まで減少していることだけが、「構造改革」の必要を迫っているわけではないので、この視点は正しいと思います。

いま行われている参議院選挙でも、地方の疲弊を救うのは公共投資の増額だという主張が(昔に比べればずいぶん小さな声で)されていますが、これは、疲労回復のドリンク剤の役目も果たさないと思います。(尤も、来年春過ぎには、産学連携の「疲労プロジェクト」で開発された効果実証済みの抗疲労トクホが売り出されそうだという記事が、「日経ビジネス」7月16日号に載っています。これに倣って、建設産業でも・・・というのは夢でしたか)やはり、人口減少社会におけるインフラストラクチャーの建設、維持、補修をどのように捉えるかが、メインテーマでありましょう。そこから、建設業者の多さ対策、建設方面に進もうという若者の少なさ対策、公明・公正な契約関係の構築などがプランされなければならないと思います。

こうした報告書の例に漏れず、討議の課程ではあったと想像される議論の多様さは、何本かの柱に集約されているため、全体としては、先の「トクホ」ほどのインパクトを持って読むものには迫ってきません。
しかし、気になる部分もいくつかありましたので、それを取り上げてみます。(全文は先のリンクを追って、皆さんお読みください)

よく、「建設業者54万社は多すぎる」という論がありますが、報告書9ページにもあるよう、大手準大手、中堅、中小まで入れても25,000社強です。社団法人全国建設業協会では、最近10年間に、31,000社から25,000社に減少しているとのことです。
さすれば、「構造改革」の問題は、年間完成工事高100万円未満の約300,000社は(これではまず会社としてやっていけるはずがないので、ほかの業も行っていると思われます)除かれるでしょう。
何も弱者切捨てではないですよ。こうした会社は、それなりにどこか先の25,000社とつながっているので、そちらが少なくなったからといって、同じ割合で減るわけがないのです。減らすには、再編と業種転換がありますから、いわゆるソフトランディングの道を整備すればよいのです。一方で、「企業数が多いことに等による不必要な間接経費、手戻り・手待ちの発生等、企業レベル、現場レベルの非効率性」(10ページ)をなくしていけばよいのです。建設業は無駄の塊と言われますが、何も「業」に限ったことではなく、「官」も同じです。技術力(建設技術だけでなく、ITなども含む)の低下によって、いらぬ書類を2重に作らされているなどの嘆きは、よく聞く問題です(たとえば「日経コンストラクション」7月13日号「ねっとわーく」「むなしさ覚える書類処理」)また、たとえば報告書16ページ「設計図書の確認能力等に問題がある発注者」をどうするかなどを考えるだけで、「無駄取り」の先が見えてきます。こうした報告書にこうしたことが載るのは珍しいなと思って委員の名簿を見ると26人中12人が建設会社関連の方です。無駄をとってコストを下げるという感覚が希薄な建設業(官、学含む)だからこそ、ほとんど誰も生産性については言及しないのではないでしょうか。(委員の中に藤本隆宏先生がおられますが、建設システムの無駄を知ったら絶句するのではないでしょうか。討議の課程でどのような感想を抱かれたか、知りたいものです)

また、17ページに唐突に「追加リスク」が出てきますが、官の予算には「追加リスク」どころか、そもそも「リスク」という概念がないのではないでしょうか。何かあれば保険会社より官のほうが支払い能力があるからだ、と聞いたことがありますが、それは税のことですが。なんだか、社会保険庁のような話になりかけていますので、方向修正します。「リスク」については別のところで「ひとりごと」を言うつもりでいますので。

ダンピング受注の問題が言われて(最近は発注者の強権発動によって収まったといいますが)久しいのですが、その付けがいま業者に回ってきて、設計単価が下がってきているといいます。問題は、そんなに時間のかかる官のリアクションにあるのではないでしょうか。
と、まあ、このあたりは、現場を離れてだいぶたった(従って、上司から、乾いた雑巾を絞れというような圧力を受けていない)私には、想像だけでモノをいうなというブレーキをかけたほうがよいかもしれませんのでこれくらいにします。

さて、報告書の柱の一つに「ものづくり産業を支える「人づくり」の推進」があります。技術の継承にOBを活用することは、製造業ではもうすでに行われていますが、気になるのは20ページ「工業高校等専門学校においては、技術・技能に関する専門的な知識を有する教員が不足している」とあることです。
教える側のスキル不足は、建設技術に限らず、いろいろな分野で言われています。小学校、中学校におけるIT教育とかは、すぐ思い出しますが、大学の教員はどうなのでしょうか。まあ、大学は土木技術ではなく土木工学を研究、教授するところですから、一時置くとしても、「工業高校等専門学校」と聞くと、私もまんざら無関係ではないので気になります。
どうです、前に出たOB活用として、学校教員に配置するという方策は。建設産業の場合(官も同じ)教育は圧倒的にOJTで行われていますから、OBの方々は、「やって見せて」教えるのは得意なのではないでしょうか。その際問題は、報酬です。ボランティアではだめで、しっかり報酬を決めないといけないと思います。昨今は、一度リタイアしたのだからといって、極端に報酬を少なくすることが行われていますが、それでは教えるほうの意欲も中途半端にしかならないと考えます。しかしまあ、「人口減少社会」においては、これもまた、「当面の施策」にしかなりません。そのうちOBそのものが少なくなってきます。教育システムの「構造改革」が必要ですが、これについてはいい考えが浮かびません。
報告書でも「技術・技能の継承に関する基本的な仕組みの検討」(28ページ)とあるだけです。

しかし、まさに、これこそが、この報告書の眼目であるというのは裏読み僻めの独り言でしょうか。先にあげた5点の中で、これまであまり言われることのなかった、または言われたとしても、「理科先生」が学校に行って実験を見せれば、理系志望者が増えるというような施策しか考えの及ばなかったところに、明確に「建設の人づくり」が「検討課題」とされています。学問は本の中にもあるかもしれませんが、技術は人の中にあるのですから、人を生み出す「仕組み」が肝要です。「人口減少社会」で、建設関係に後継者(経営者、技術者、学者)がいなくなったら建設業者数も少なくなった、よかったよかったとは行きません。

そんなわけで、この報告書は、いろいろなことを考えさせてくれました。

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2007年7月5日

最近読んだ本の話です。
私も時々本を読むのですが、読書日記などはつけていませんので、片端から忘れていきます。これは私の趣味である映画でも同じです。昔の映画狂は克明に見た映画のことを記録していたようなことが、そうした人々の本を読むと出てきます(一例を挙げれば「大いなる西部劇」逢坂剛×川本三郎 新書館 2001年5月)が、私の場合、思い出すことに四苦八苦しています。

そんなわけで、時々この欄に、読んだ本のことを書いておけば、少なくともどんな時期にどんな本を読んだのか記録できていると考えています。イントロダクションはこれぐらいにして、その本は『データはウソをつく 科学的な社会調査の方法』(谷岡一郎:ちくまプリマー新書 2007年5月)です。私は、この著者の本を以前読んでいます。『社会調査のウソ』(文春新書)です。

今度の本も「同じテーマの延長線上にあります」と、著者は最初に書いています。「第1章 社会科学における事実認定プロセス」という部分がそれです。これはこれで興味深いものでした。理系の端っこにいる私にとっては、こうしたテーマが非常に奇異に感じられています。私たちにとって、つまり理(工)系にとっては、ある事実は万人共通の理解が前提にあると思っていますが、社会科学ではそうでは無いらしいのです。
「社会科学の事実というものが、常に蓋然性を含み、ピュアな証明ができない」「社会科学の理論には時間、空間、そして文化の差異による制限が加わる」(40〜41ページ)といいます。理(工)系では、よくデータで語れといいますが、そこには、データこそが「万人共通の理解」する事項であるとの前提があります。(もっとも、最近よく聞くように改竄してしまっては、そうはいえません。改竄が一時的にせよ成功するのは、この前提があるからです)

しかし、社会科学上のデータは、よほど収集、解釈に注意しないと「ウソをつく」のだそうです。まあ、この辺はよく納得できましたが、しかしこの著者の前作より、内容が薄いのではないかと考えつつ読んでいたら、最後の第5章にいたって、俄然面白い記述が出てきました。

「第5章 リサーチ・リテラシーとセレンディピティ」「1・「痴」は世界を駆けめぐる」において、インターネットなどを通してあふれかえる世界の情報を使いこなす能力には、「教養」、事実や数字を正しく読むための「リサーチ・リテラシー」そしてゴミ情報の中から本物をかぎ分ける「セレンディピティ」が必要だといいます。
この最初の「教養」という言葉があまり聞かれなくなって久しい感がします。後の二つは能力ですが、「教養」は能力ではないところがミソです。
昔大学では「教養」課程というものがありましたが、今はどうなのでしょうか。

これに関して、「土木学会誌」2007年6月号にある連載を思い出しました。
「忙中ペンあり パート2」第6回で、作家高崎哲郎氏が、工学の研究者の読書の貧困さを書いておられます。
ある研究機関の図書室に文科系、芸術系の図書がないことの説明に、「歴史、文学などは仕事の邪魔者とでも言うような口吻」であったため、青山士(あおやまあきら:RCCMの試験に出た人物です)が「時間の許す限り歴史書や文学書を読み心の糧とするよう」と語っていたのをどう考えるかと聞いたところ『教養の差でしょうかね』とのことで、苦笑するしかなかった、と。同じようなことは、ずいぶん昔の同じ「土木学会誌」(何年何月号のことか調査中)の高名な研究者インタビューでも、「科学技術は日々進歩しているので、歴史を研究する必要は無い」趣旨の答えを読んで驚いた記憶があります。

閑話休題。本書の最後に、『学問に向いていない人々』があり、「非科学的な大前提を持つ人」「スポンサーの顔色を見る人々」「人間関係に埋もれる人々」が、そうだとしています。
私は、いわゆる「とんでも本」が好きで、中でもUFO(未確認飛行物体)についての本はよく読んでいますが、99%(正しいデータではなく、印象です。念のため)はこの最初に分類される人たちが書いています。ですから99%は面白くありません。
ある高名な評論家が、人類の月着陸は無かったなどと、映画「カプリコン1」(「Capricorn One」1977年 イギリス。監督ピーター・ハイアムズ。小粒ですが面白かったです)みたいな内容の本を出版された時には、この人の本はすべてまやかしであると断じてもよいと思いました。出だしが違えば、その後はすべて狂ってくるのは、PDCAの世界でも、「教養の無い」人でも同じでしょう。

こんなわけで、まあ、この本は面白く読めた部類に入りました。新書で、しかも内容は薄いのですが、上のようにいろいろ想像が発展する内容を含んでいて、TXによる秋葉原までの往復(70分)には十分役に立ちました。この著者は1956年生まれであるとのことですが、いしいひさいち氏の著作を100冊以上持っているそうです。この本の中にもいくつか4コマが紹介されています。紹介というより、著者の論の補強として、十分納得できる選定でした。そういえば、最近電車の中で漫画雑誌を広げている人にあまり会わなくなりました。以前は、きちんとした服装のサラリーマンらしき方が、席に座るとアタッシェケースからおもむろに漫画雑誌を取り出す場面によく遭遇しました。漫画が廃れたわけではなく、世界に日本文化として発信している時代に不思議なことです。「教養」の無い人が増えたことと関係があるのでしょうか。


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2007年6月24日

6月22日、天候はよくなかったのですが、横浜市の「パシフコ横浜」で開催されている「測量・設計システム展2007」へ行ってきました。同日が最終日でした。同時開催の「全国測量技術大会2007」のシンポジュウムやセミナーには、午後からの東京での仕事のため残念ながら参加できませんでしたが、出展者ブースにおいて、最新測量機器をじかに見て触れて話を聞くことができたのは、よい刺激になりました。

すこし写真にお付き合いください。

パシフィコ横浜

ランドマークタワー

右の建物が「パシフィコ横浜」です。

「パシフィコ横浜」から見たランドマークタワー

会場入り口

会場内

会場入り口

会場内の様子



測量は、いまや「地理空間情報」の活用という新しい科学分野の基礎技術とされてきているのです。
平成19年5月30日に公布された、「地理空間情報活用推進基本法(平成19年法律第63号)」と、「測量法」の改正(基本的に公共測量の成果は複製が認められなかったのが認められるようになる。しかし、施行はまだ)によって、公共測量の成果が広く活用できることも視野に入ってきています。

というわけで、今年は取得以来たんすにしまっておいた「測量士」資格を取り出し、埃をはらい、ブラッシュアップしています。学校で1〜2年学んだだけの「測量学」と土木現場測量経験では、決定的に法知識などが不足しているため、まず「国土交通省公共測量作業規程」(社団法人日本測量協会)を購入、勉強をはじめました。社団法人日本測量協会には先に入会していますから、割引価格でした。

私の世代は、現場でトータルステーションを実際に操作するようになった時には現場を離れてしまっているため、最新機器も(本で)勉強しました。本で、このような器械の勉強をしても、畳の上水泳練習と同じで、ほとんど役に立たないことは承知です。
まあ、こうなると趣味のようなものです。実際地図は好きで、つくば市にある国土地理院の「地図と測量の科学館」には何度も足を運んだことがありますし、「地図を使ったWebサイト作成ガイド」(平成18年9月 財団法人日本建設情報総合センター)も購入して挑戦しました(まだ未完成)。「地図をつくる 陸軍測量隊秘話」(昭和53年12月25日第一刷 岡田善雄編 新人物往来社)も、神保町で手に入れました。(こうなると、勉強というより本当に趣味だと思います)趣味にしないために再勉強をしながら、こんなこともやっています

これに関して、先にも書いたように「全国測量技術大会2007」には参加できなかったのですが、その資料集23ページに面白いセミナー発表文が収録されていました。「測量教育最前線」の「測量士補と公共投資」(中堀義郎:中央工学校)です。まとめとして3点あり、要約引用すれば次の通りです。
@測量専門学校入学や測量士補受験者のような積極的動機を持って測量士補を目指す者の数は、建設投資額の増減に相関するのではなく公共投資の対GDP比に相関する。そのためか、近年大幅に減少している。
A大学卒業資格による測量士補取得者は、完全失業率と相関があり、近年増加している。
B以上の理由で、測量技術の訓練を受けないで測量士補登録する者が90%を超えた。
測量士補は、実際に現場で測量するための資格であり、そのためには実地の訓練が重要であるという問題意識からは、この分析結果は由々しき問題である、制度運用の見直しが必要と締めくくられています。

近年、資格、資格の世の中になり、こうした問題はいろいろな分野で見聞きします。技術士の世界でも、経験が豊富な技術者が資格を取ることが難しくなる一方で、JABEE卒業生が増加してくることは明らかです。
しかしまた、「では、上級資格を創設することにする」で解決のつく問題では無いと思います。近年、器械(道具)の進歩は著しいものがあり、今では、ワンマン測量(器械が自動でターゲットを追う)まで実現されています。トータルステーションもコンピュータ画面のようにグラフィックで操作を選択するようになっています。画面だけではなく、コンピュータが搭載されてロボット化しています。


なんだか、資格取得35年にして、わくわくする時節がやってきたような感じです。これこそ趣味と実益の一致、老後(まだ早いが、勉強が一段落するころは・・・)の生きがいでしょうか。伊能忠敬はリタイア後にあれだけの業績を上げました。しかし、私にとっての実益のほうは未だしの感が大有りですが。

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2007年6月10日

先日仕事の関係で「日本水準原点」をたずねました。(6月3日測量の日には建物内部が公開されたのですが、残念ながらこの日は他用があり参加できませんでした)
TXで秋葉原まで行き、山手線で有楽町まで行きました。そこから地下鉄有楽町線で桜田門まで行く予定でしたが、天気予報にもかかわらずよく晴れてさわやかでしたので、またこの日は時間に余裕があったので、歩いてみました。
日比谷公園の脇を歩いていたら、共同溝工事をしていました。そのまま進んで法務省の旧館を眺めながら裁判所を通り過ぎ、霞ヶ関坂を登ります。右に折れて国土交通省の前で横断歩道を渡り、国会議事堂を眺めながら右手の議事堂前庭の公園に入ります。階段を上ったところが「日本水準原点」の建物裏側です。
ここで前に回って写真をとり、本日の仕事の一部は終わりです。その写真がこれです。

                       日本水準原点

なかなか立派な建築物で、「東京都指定有形文化財(平成8年)」であることは、今回初めて知りました。東京都教育委員会の案内板に【(前略)設計者は工部大学校第一期生の佐立七次郎(中略)明治期の数少ない近代洋風建築として建築史上貴重である。】とあります。しかし、考えてみると中に収められている原点は立派な現役ですからたいしたものです。

同じ公園にある憲政記念館は今回は素通りで、もと来たほうに戻ります。国会議事堂には、大型バスが何台もおり、修学旅行の中学生(?)であふれていました。桜田門から地下鉄に乗って次の仕事先に行こうと思いましたが、すこし時間が早いので、またまた気を変え左に折れて内堀通りを北上しました。何人ものジョギング中の方とすれ違いました。
皇居のお堀を右手に見ながら歩きます。最高裁判所、国立劇場、イギリス大使館を過ぎ、千鳥が淵墓苑を過ぎ、靖国通りに突き当たります。ここを右に折れて九段坂、靖国神社鳥居を左手に見ながら歩きます。
九段下駅のところで時計を見ると、まだ時間があります。仕事はこの駅の次の駅神保町なので、また歩き続けることにしました。

昭和館というのがここにあることを発見しました。時間があれば中に入りたかったのですが、それほどの時間は無いので、入り口でリーフレットをもらっただけです。どうもこのあたりの雰囲気に見覚えがあると考えていたら、法務局の案内がありました。技術士登録のとき、「成年被後見人又は被保佐人として登記されていないことの証明書」を取りに来たことがありました。ようやく神保町です。1時間ぐらい歩いたでしょうか。4〜5kmというところでしょう。コーヒーを飲んで昼食をとり仕事です。

2時間仕事をして、さて、疲れたので地下鉄で帰ろうかと思いましたが、すこし考えてみると皇居をぐるっと回ったので、秋葉原はもうすぐです。いつも神保町では古書店を覗きながら帰るのですが、今回もそのようにして靖国通りを東進します。小川町のスポーツ用品店は、昔はスキー一色であったのが、まったく様変わりをしていました。
小川町から千代田線で取手まで行くというコースも、何年もしていないので、すこし気持ちを惹かれましたが、ここまで来たのだからと歩きを続けます。JRガードを二つくぐって昭和通りを左折し、神田川を渡ろうとして気がついたのがこの写真の風景です。

                        神田川和泉橋防災船着場

神田川和泉橋防災船着場です。2005年に設置されたようです。周りはちょっとした公園風になっています。

まあこんなわけで、皇居をほぼ一周して秋葉原に戻りました。歩いた距離はそれほど長くは無いのですが、都会を歩くと眼が疲れます。


追記:本日からこのサイトの宣伝も行っています。いろいろな使い方が考えられます。ご利用ください。


2007年5月29日

私の住んでいる地方は、昔の常陸の国と下総の国の境付近で坂東と呼ばれたところです。今を去ること1,070年ばかり前、平将門が乱を起こしたその真っ只中です。そんなわけで、約30年前この地に住まうようになってから将門に関する本や論文を読み始めました。

故人ですが赤木宗徳という政治家(元衆議院議員、農相、防衛庁長官歴任)がやはりこの地におられて、民間の将門研究者として「将門地誌」(毎日新聞社、昭和50年)などを出版されていましたので、そのあたりから入りました。神保町を丹念に回って、一山いくらの中から論文の載っている「日本歴史」「國文学」などの雑誌を買い集め、古典遺産の会の「将門記(研究と資料)」(新読書社 1969年)なども手に入れました(もっとも、当時この本は何万円もしていて、神保町でも鍵つきのケースに入れられていたため、思い切って購入するまで何年も指をくわえて見ているだけでしたが)。

NHKでドラマ化されたものは少しだけ見ましたが、どうもイメージが重ならなく、あまり覚えていません。このころが将門ブームのピークでしたが、すぐに沈静し、今ではあまり語られることもなくなったように思っていました。
村上春樹(「ノルウェイの森」「ねじまき鳥クロニクル」の作者ではありません。念のため)という方(横浜市立高等学校教員を経て、現在、横浜市立図書館嘱託、千葉県立関宿城博物館客員研究員だそうです)が汲古書院から「平将門伝説」(2001年5月)ほかを出されていますが、内容は歴史としての将門より文学、民俗としての内容なので、購入はしましたがすこし物足りなさが残っていました。

ところが、つい最近、吉川弘文館から出ている「戦争の日本史」シリーズの第4巻に「平将門の乱」(川尻秋生 2007年4月)が出たため、購入して一気に読みました。このシリーズでは、3巻に「蝦夷と東北戦争」(未刊)と「戦争」の文字を使っているのに、将門の場合は「乱」では片手落ちではないかなどを考えながら読んだのですが、これがなかなかどうして面白く読めました。(川尻秋生氏の本は初めて読みましたが、1961年生まれとまだお若く、早稲田大学文学学術院准教授、文学博士であるとのことです)

面白かったのは2点、@武士の出現に関する新しい視点。A内閣文庫本「大法師浄蔵伝奥書」の虫食い部分の解読過程。です。
@については最近の日本史学会ではいろいろ説が出ていて、私などが高校で学んだ内容ではもうなくなっていることは知っていましたが(余談。最近の歴史の本を読むと、近現代史はいうに及ばず、戦国、徳川時代の解釈も、とても高校までの知識とは違ってきていると思います。この点についてはまた後ほど)、落ちこぼれ貴族が武士になったというのは面白いと思いました。
Aについては、私などの歴史研究の素人がまず行わない、プロの手順を教えられた気がします。詳しくは同書161ページからを見ていただくとして、この虫食い部分を拡大し、わずかに残っている文字の断片を直感的に捉えた(実は根拠があった)人名と結び付けていくことで、その人名が平良文だとわかり、それが、千葉氏が良文流と主張している根拠に結びついていく過程は、圧巻と思いました。

私はこの地に育ちましたが(小中高校とも茨城)両親の出身は違うので、それほどの郷土愛(着)はないのですが、いつでも住んでいるところが郷土だと思っていましたから、またひとつ郷土に関する知識が得られたと喜んでいる今日この頃です(新聞の投書欄に多く見える結び)。

男兒立志出郷關  男児志を立て郷関を出ず   
學若無成不復還  学もし成らずんば、また還らず  
埋骨何期墳墓地  埋骨、いずくんぞ墳墓の地を期せん 
人間到処有青山  人間(じんかん)到る処青山あり 




2007年5月15日

社団法人日本技術士会の平成19年度役員選挙が行われています。選出すべき理事30名に対し33名の立候補があります。
ほかの社団法人の様子はよくわかりませんが、このような選挙を行っている社団は少ないのではないかと思います。私は土木学会や地盤工学会にも入っています。といってもただ長年(もう30年ぐらい)入っているだけなので、どのような仕組みになっているか研究したことはありませんが、選挙公報が来た事はないので、たぶん選挙ではないのだろうと思います(違っていたらすみません)。
私は、技術士会がメインの活動場所と思っていますので、ある候補の推薦人にもなっています。(この欄で書くと選挙違反になるのかどうか不安なので、気になる方は選挙公報を見てください)投票は2人に対して行えるので、建設部門だけでなくほかの部門ではどのような方が立候補されているのか広報に目を通しましたが、皆さんそうそうたるご経歴の持ち主でいらっしゃいます。


ふと気になって、候補者の方の現在の所属を調べてみました。技術士は独立すると「○○技術士事務所代表」と名乗られる方が多いので、その人数を数えたわけです。10人おられました。ほぼ30%です。
もちろん、私のように事務所を法人にしている方もおられるでしょうから、厳密ではないのですが、やはりここでも企業内技術士が多いようです。この数字は、ほぼ予想通りでした。だいたい、何か無作為に選ぶと、30%という数字がよく現れませんか。3割打者は強打者ですが。


技術士の書かれた本では圧倒的に受験指導書が多い中で、「技術士 独立・自営のススメ」という本があります。ある方の紹介で著者(複数)には面識がほとんどないのですが一読しました。著者たちの仕事の中身はわからないのでなんとも言えませんが、「独立技術者」という概念はまったく賛成で、私自身、この本を読むずっと前から独立していたわけです。
本当かどうか調べたわけではないのですが、アメリカでは土木技術者も工事ごとの契約で従事する独立技術者がいるとのことです。私が独立した時期は、まだ建設部門では独立自営は少なかったので、いきおい設計の下請け以外仕事もなく、ずいぶんいろいろなことをやりました。しかし、本来技術者は、自分の専門を売ることが必要であると思います。その点、建設という仕事は、すこし難しい面がありますが。


話を元に戻して、日本技術士会は50年、茨城県技術士会は10年になりました。候補者の方も、技術士の知名度向上とそれぞれ記念行事を計画されていますが、技術士は独立するのが本筋だという視点での催しもあってよいのではないでしょうか。もっとも、そうでない人が多数であるという理由は、技術士そのものにあるのではなく日本社会にある(先日の新聞に、大学で起業の講演をしたら、親から「本気になったらどうしてくれる」という抗議があったという記事がありました)のですから、そちらのほうから変化が起きなければならないでしょうが。

ちなみに、もう投票は済ませました。



2007年4月29日

平成18年度国土交通白書が発表になりました。やはり気になるのは建設行政のところですので、早速目を通してみました。
「第II部 国土交通行政の動向」の「8 建設産業の活力回復」の「 (1)建設産業の現状と経営革新等の促進」において、【
地域の中小・中堅建設業は、立ち遅れている地域の社会資本整備の担い手であるだけでなく、多くの就業機会を提供するなど、地域の基幹産業として経済・社会の発展に欠かすことのできない役割を担っている。また、風水害や地震等の災害時には、その被害を最小限にとどめ早期復旧を図る上で、地域の実情を熟知している地元建設業者の迅速な対応が不可欠である。加えて最近では、これまで社会資本整備を通じて培った技術・ノウハウを有するとともに、地域に根付いたコミュニティ産業として、公共施設の維持管理等の地域行政におけるニーズ、担い手不足が深刻化している農林業、過疎地域における公共交通・福祉等のサービス等の新たな担い手として、建設業の地域社会における役割が期待されている。】と語られています。
前半はこれまでも何度となく言われた建設産業についてのことですが、後半を深読みすると、期待しているのは国土交通省であり、その方向に誘導しようとしている意志を感じます。実際のところそれに沿って業態転換や拡大している建設業は、期待されて異分野に進出しているのではなく企業存続を図って仕方なく手がけているのであろうと思います。成功事例も書籍などでは紹介されていますが、少なくともそれによって建設業の数が減少すれば、建設業界対策としては政策の成功であり、サービス産業の競争に生き残れなくても国土交通省としてはあまり痛みを感じないでしょう。

しかし、私は、ここでの問題には、
もう少し違った視点からの感想を持ちます。
少し古いですが、4月2日の「日本経済新聞」の「経済教室(TFPエコノミー・経済底上げの条件1)」では、「IT投資の蓄積で明暗」と「日米欧を共通比較」したことが紹介されていて、TFP(全要素生産性)で比較すると、その上昇率はIT産業に
おいて日本はトップ(7.4%:1995−2004年の年平均(出所:EUKLEMSプロジェクト))であるが、「労働投入シェアでみると、IT産業はどの国でも五%に満たないが、サービス産業のシェアは六〇%を占める。したがって、たとえIT産業の生産性が高くても、経済全体の生産性を引き上げる効果はあまり大きくない。」と述べられています(宮川学習院大学教授)。そして、「第一次産業、建設、電気、ガス」は上昇率が同-0.3%に対して、上で期待されている「個人サービス、福祉、健康」では-0.8%とのことです。

建設業の生産性の低いことは、ここの(「建設業ハンドブック2006」)「3. 生産性と技術開発」でもわかりますが、右肩下がりです。。「近年は建設業就業者数の減少もあり、概ね横ばいに近い動きとなっている。」とされていますが、要するにこれ以上下がれば「業」として成り立たない段階にまできていると言うことでしょう。
3月13日の本欄でご紹介したように、建設業のIT投資は芳しくありません。その結果、ITリテラシーも芳しくありません。私としては、建設業は、本業でのIT投資を行い、なんとしても踏みとどまる方が、結果として「地域の基幹産業として経済・社会の発展に欠かすことのできない役割を担って」いけるのではないかと思います。生産性の向上が生死を分けることになるかと思います。
もちろん、少子高齢化社会の急速な到来によって、「個人サービス、福祉、健康」分野では、まずもって人材が不足しますから、建設業からの参入は、一時的には歓迎されるでしょう。しかし、私は経済の専門家ではないので、単なる感想なのですが、この分野の生産性は「人的資本の育成や組織の改編などを含む無形資産の役割が重要である」(「日経新聞」同記事)のであれば、建設業は一度解体し、その人的資産だけを再構成する方向に進まなければならないのではないでしょうか。平たく言えば、建設業としての異分野進出では、まだまだ足りない、解体しかないと思うのです。ですから、建設業経営者は、単にワンストップサービスに期待しての横滑り的異分野進出ではなく、解体的異分野参入か、業界に踏みとどまるかを心底考えなければならない時期にきていると思うのです。

同白書「第II部 国土交通行政の動向 第10章第2節」においては、「建設マネジメント(管理)技術の向上」として、「1 公共工事における積算技術の充実」「 2 ISOマネジメントシステムの取組み」とありますが、ISO(ISO9001等)を単に工事単位としてしか考えていない行政意志がかいま見えます。マネジメントは、経営革新の箇所で語られるべきと思いますが、まさに行政も建設業もそうは思っていないことの現れではないでしょうか。いまだに建設「工事」のマネジメントの段階で、しかもそれが特に中小建設業では機能していないことは、ほぼ誰もが知っています。建設「経営」のマネジメントにすることに成功した例だけでは、針小棒大な事例の解釈になってしまいます。失敗から学ぶためには、異分野進出の失敗例が知りたいところですが、どうも建設業は失敗は隠したがる傾向が強い様です。(余談ですが、以前TQC導入がブームになったとき、失敗して離脱する理由が「発展的解消」であったことがあります。退却を転進、敗北を終戦と言い換えた例を思い出します。今でも変わっていない様です)

こんなことを考え出すと止まらないため、本日はこれまでにします。皆さん、国土交通白書はおもしろいですよ。技術士試験の参考書としてだけの読み方ではもったいないと思います。ゴールデンウイークに格好です。



2007年4月19日


最近、土木に関する話題として私が目にした中で、次の二つの点に関心が止まりました。
一つは、社団法人日本技術士会が会長名で【「技術管理者」に関わる報道について】を発表したものです。
沖縄県の建設コンサルタントが技術管理者の名義借りをしている疑いがあるという新聞報道に関して出した声明です。記事のコピー(これは使用にあたって著作権者の許諾を得ているのかな?)とともに同会のサイトで読むことが出来ます。
この問題はずいぶん古くからあります。この記事の対象は建設コンサルタントですが、以前は建設業においての土木施工管理技士についても同じような問題があり、有資格者が定年後に貸しているという話をよく聞きました。今では、チェック(常勤か否か)が厳しくなったためほぼ無くなったようですが、建設コンサルタントでは、まだチェック機能が働いていなかった様です。

建設業は現場常駐という問題がありますので、厳しいのはその通りで良いと思いますが、建設コンサルタントにおける技術管理者に常勤を求めるのは、いささか疑問が残ると、私としては思っています。設計という仕事は建設現場での監理とは異なる面を持つからで、週又は月のうちの節目節目だけの勤務でも成り立つような気がするからです。尤も、最近は「設計の品質確保」が4月号の「建設マネジメント技術」(経済調査会発行)誌で特集とされているように、明らかに問題視されていますから、そうはいかない事情が出てきているのでしょう。
いずれにしても、建設部門技術士の分布が地域によって偏っているのは本当ですから、その意味では人が足りない現象があるのでしょう。自社の技術者の中から技術士を養成するのが一番ですが、経験重視の資格ですから、おいそれとは合格しません。まあ、ここはJABEE制度が有効に機能するのを待つしかないのでしょう。薬剤師の空白(卒業年限が変更になったため、卒業生が出ない期間が出来た)のようなことの起きないように。

もう一つは、社団法人土木学会の【平成18年度 土木学会会長特別委員会報告書−土木の未来・土木技術者の役割−】です。
これも、土木学会のサイト(ここ)で読むことが出来ます。
この中の「3.4 土木技術者の教育」(12ページ)に、問題点として【C 一般市民のための教育 ・ 環境、防災など土木に関わる問題に対する一般市民の関心が高いにもかかわらず、これらの人々に対する教育システムがほとんど無い。】という文があります。確かにその通りで、社会資本全般に関する講演会などは、あまり見かけません。(私は一度「県民大学」というところで講演したことがありますが)何か問題が起こる(ダム反対や空港反対など)と住民に対する説明(説得?)として開催されることはありますが、日常的なシステムとしてではありません。最近行政のあちこちで「出前講座」を見かけますが、こと土木に関しては「説明会」の域を超えてはいないようで、それも「出前」した回数は極ごく少ないようです。確かに、もし講演会を開くとしたら、私のような施工屋ではなく、行政や大学人が適当でしょうから、それこそ土木学会が率先した行動を起こすことが望まれます。

社団法人の公益法人化が話題になっていますから、日本技術士会(建設部門の人数が圧倒的に多い)でも誰か考えないのでしょうか。どうも、建設人は、仲間内に目が向き過ぎる嫌いがありますが、個別の技術ではなく、社会資本構築としての建設や、それにまつわる環境保全や防災などは、格好の話題なのではないでしょうか。思いつきや説得ではなく、定期的システム的な社会教育の場が必要です。いま建設人がNPOなどでそうした活動をしているのは、おおむね環境保全とまちづくりに限られているようですから、「我が町の土木診断」などのテーマはいかがでしょうかね。たくさん改善点やいらないものが見つかるような気がします。




2007年4月7日

建設業における監理技術者制度は、講習受講と資格者証取得とが分離されています。公共工事においては、監理技術者資格者証の交付を受け、かつ、監理技術者講習を受講していなければならないとなっていて、その講習機関は従前の指定機関から現在では登録機関になり、平成18年1月現在8機関が登録されています(この中には技術士の事務所も含まれています)。
私は社団法人全国土木施工管理技士会連合会で講師を務めていますから、少し勝手連的に宣伝をしようと思います。これまでは、この制度は公共事業以外の建設工事(民間工事)には適用がされていませんでした。しかし、「建築士法等の一部を改正する法律」(平成18年12月20日公布)によって、監理技術者資格者証の交付を受け、かつ、監理技術者講習を受講した監理技術者の配置対象範囲が、個人住宅を除くほとんどの工事に拡大されます。これは、公布日から2年を超えない期間内の政令で定める日から施行されます。しかし、その政令はまだ公布されていません。公布されるまでに、民間の建築一式工事等を請け負う特定建設業者では、監理技術者となる資格を持つ社員を計画的に、監理技術者資格者証の交付及び監理技術者講習を受講(講習修了証の交付)させておかなければならないことになります。

以前、大手のデベロッパーにおいて監理技術者制度について研修講演したとき、建築士の方々の反応が今ひとつであったのは、監理技術者の現場専任制が適用されないからだったのですが、今回の改正によって「工事の一件の請負代金が、建築一式工事で5,000万円以上、その他の工事で2,500万円以上のもの」では専任制となりますから、落ち着いてはいられないことになります。
この講習は5年を超えない期間に受講すれば良いのですが、監理技術者は常に最新の法律制度や技術動向を把握しておくことが必要であるという趣旨にしては、5年は長すぎるという声もあります。

というように、制度の変更は、今のところ主として建築方面なのですが、土木においても少しずつ変化しています。講習会の終了後には簡単な試験があります。聞いていればわかる程度又は監理技術者資格者証を保持している技術者であれば常識としてもっている知識を確認するものです。
これまでは、この試験でたとえ成績が良くなくても、受講証の発行には関係がなかったのですが、違った意味で少し重要になりました。
社団法人全国土木施工管理技士会連合会の講習では、2007年4月から講習後の試験で平均点以上の方はCPDSでは9ユニットを加点することになりました。 同会のページに、受講番号ごとの点数も公表されています。これを見ると、会場によってばらつきがありますから、私の担当した講習会のものを少し分析してみます。分析といっても、単に点数分布を調べただけですが、そのグラフは下の通りです(満点は15点)。




平均点が12.1点ですから、23人の方はCPDS9ユニット加点されたわけです。(もっともCPDSに参加していなければいけませんが)少し重要になったというのは、同会のこのページにありますが、「国、県、市においてCPDS(継続学習制度)を技術力評価項目とした例」が増えてきていることを指しています。私はCPDを技術士会に限定していて技士会連合会のCPDSには参加していませんが、相互乗り入れですから、もちろんそのような方もおられるでしょう。いずれにしても、監理技術者講習受講は、義務であると同時に自分のCPDSにもなるということです。
こうしたグラフは、ほかの一部の講習登録機関でも公表しています。得点分布も似たようなものです。しかし、平均点が思ったほどではありませんでした。ほかの講師の方の結果を見ると、満点(15点)をとられた方も結構いますので、すこし工夫をした講習にしなければならないと感じますね。グラフの形も少し悪いようです。これは問題と講習内容がマッチしていないのかもしれません。反省。



2007年3月30日

人事異動の季節です。私の同級生たちの名前も退職者の欄に載り始めています。新聞に退職者が載るのは公務員のほかは大企業の頂点を極めた人たちですが、いよいよ2007年問題が始まったようです。

定年退職しても嘱託で再雇用されたり、定年延長の会社があったりで、2007年問題などは起こらない、コンピュータの2000年問題があれだけ騒がれても何でもなかったように、という人もいますが、これは少し違うのではないかと思います。
この問題は、すぐに起こるのではなく、これから徐々に明らかになってくる種類の問題と考えられるからです。現に、建設の世界では、もう起きているのではないかと考えられます。
測量をしたことのない現場所長さんの出現という現象が少し前(2006年10月13日号)の「日経コンストラクション」(「事例研究=なぜ増える?測量ミス」リンク先では記事は読めません)に載っていましたが、今では中小(地元)建設業でもそうなっています。
元請け職員が測量しないで、基線測量どころか、現場の丁張りまで下請けに出す、といいます。専門業者はこうしてある部分を受け継いでいくでしょうが、部分の集合は全体にはならないところがあります。そこが技術であって、優秀な技能者を、必要な部分だけ集めて現場を張っても、形としては設計書を満たす「もの」が出来るでしょうが、「よいもの」は出来ません。何が抜けているかというと、技術はマネジメントだから、それが抜けているのです。マネジメントは、単に優秀な技能者集団を「運転」するだけではなく、技術自体を「運転」するものだからです。
現在マスコミなどでいわれている「熟練の技(わざ)」伝承などは、何とかなるでしょう。問題は、総体的な、土木でいえば現場で行う全てを知っている技術者への、その総体の伝承がとぎれてしまうことです。

3月29日の読売新聞11面(経済)に、「団塊退職の衝撃(2)」という連載記事がありますが、その中で二つ、気になることがあげられています。一つは、「候補に任命できる技術に達した社員がいない」ために伝承が出来ないケース、もう一つは「システムをゼロから作った経験者がいなくなる」ケースです。
前者は機械、後者はITと、技術の分野は違いますが、これは同じことを表しているのではないかと思います。「システムをゼロから作った経験者」を養成していないと、早晩、「候補に任命できる技術に達した社員がいない」状態が起きます。建設業ではもう起きていると思われます。定年延長をしても、たかだかあと5年程度でしょう。こうした処置は日本人得意の「問題の先送り」ではないでしょうか。解決するには、どのくらいの時間が必要でしょうか。土木で考えてみると、一つの現場経験に最低1年を要するとすれば、それを反復し、体験が経験にまで昇華するには3年、一つでは足りませんから、またそれを3回繰り返す、締めて10年といったところでしょうか。これは、10年前から2007年問題が意識されなければいけなかったということです。

10年前といえば、建設業のリストラがもっとも盛んであったころと重なります。私も含めて、人間は後知恵ではかなり的を射た物言いをしますから、いまの問題をその当時先送りした人に責任があるというのは、真実を含んでいるのでしょう。でもその人たちは、今ではおおかた現役を退いていますから、責任の追及など出来るものではないし、誰でも10年後のことを予測しながら仕事をしてはいません。こうしてとぎれることなく、ある問題を乗り切ったと思う(この場合は、リストラによる会社の生き残り)ことが、次の問題の原因となって行くのでしょう。

ある日気がついてみると、大学生全員が「ゆとり教育」世代となっていて、当時は覚えるためのゆとりと思われていた「円周率3」が、ようやく「円周率は3ではなくπ」と考え方を変えなければならないことになってきています。前段のことと後段のことをあわせて考えると、先行きはかなり悲観的になりますが、私には幸い定年はないので、少しは見届けることが出来るかなと思います。見届けるだけではおもしろくないので、なにかしようとも思っていますが。





2007年3月13日

少し間が開いてしまいました。

社団法人全国建設業協会の機関誌「全建ジャーナル」3月号に、とてもおもしろく読めた記事があります。
マイクロソフト株式会社中小建設業担当課長三村嘉徳氏による「建設業のIT化における不思議な実態」(同誌23ページ)です。
以下、私の文責でその内容を紹介します。

(1)建設業はOA化をIT化と錯覚している。
これは、私もいろいろなところで書いてきましたが、こうした専門家も感じていることなのかと思った点です。三村氏は、その原因を「ソフトメーカーと販売店のリテラシーが低いため」とされています。当然、建設業のITリテラシーもその水準以下にならざるを得ません。
OA化とIT化は似て否なることであるということが理解できないため、背後にある情報の共有化について、全く意識していません。
あるPCで作成したものを紙に出し、他の人がその紙を見ながら違うPCに入力して作業するなどのことが平気で行われている業界だと驚かれていますが、全くその通りだと痛感します。

(2)過剰OA化(IT化ではない)による経営圧迫が迫る。
リテラシーの低さに加え経営の基本方針がないため、必要性が生じたと思う(錯覚する)とPC等の機器をすぐ購入し、それがバラバラのまま整合性のとれない構成になっていきます。スペックも検討せずに購入するため(三村氏は量販店の安いPCと表現しています)ソフトが動かず放置されている状態が多いことに驚かれています。
私も、遊んでいるPCやプリンタをよく見かけました。人が遊ぶことは嫌う経営者でも、PCが有効に動いていないことには何も感じないのでしょうか。

(3)ソフトメーカー、販売店の囲い込みが激しい。
ソフトメーカーや販売店の無料セミナーがよく開催されます。そこに参加して、必要もないソフトを購入するケースもあります。三村氏の紹介の中で、ある女性経営者が「統合型の建設業務系ソフトを100万円以上で購入しましたが、今ではMicrosoft Excelで全てできることがわかり現在は」使用していないと話すのを聞いて「とても驚いた」と書かれています。
このように、ソフトメーカーや販売店が、建設業の視野を極端に狭くしていることがあります。もちろんこれは販売戦略で、建設業の視野の狭さをそのままにしておこうということのようですが。
私にも経験がありますが、建設業では一般に、こうしたソフトメーカーや販売店の無料セミナーには参加しますが、一般向けのセミナーへの参加は少ないようです。建設業向けのソフトは、一般に流通していないものが多く、その導入までも販売店が行うため、建設業にとってはブラックボックスになっているのかもしれません。

(4)ソフトウエア価格が「異常に」高い。
これは主として積算ソフトといわれるものですが、三村氏は、高いだけでなく「異常に高い」と表現されています。Microsoft Office で全てできることが、専用ソフトを導入すると何十倍もの価格になると驚いています。
しかも、価格設定が、売上高の高い会社には高く売り、売上高の低い会社には相対的に安く売るという点も指摘しています。なおかつ、「東日本では、西日本より数十%も安価である」という地域差もあるといいます。この点は私も知りませんでした。「IT業界の常識でも考えられないこと」であるというのです。
特にCADソフトは、互換性に問題があり専用ソフトによらなければならず、「今後益々、受注者負担の方向へ向かっており、中小建設業の負担は計り知れない」ともいわれています。

いかがでしょうか。
私は三村氏ほど広範囲に聞き回った訳ではありませんが、いちいち頷くことばかりでした。建設業は、自分で特殊な業界だと思いこんでいるために、ことITに関しても、一般のITは建設業に向かず、専業でなければ導入できないと考えているようです。
ITの意味はいうまでもなく情報技術であり、インフォメーションに垣根はありませんが、あえて作っているとしか考えられません。
情報の共有ではなく、仲間内のひそひそ話が業界のインフォメーションとなっていた産業です。内向きの産業に未来はありません。私はコンサルタントとして一時期マネジメントシステムの導入を働きかけたこともありました。その際、IT化をしなければこれからの社会状況について行けないという点を納得してもらおうと思いましたが、どうにもうまくいかなかった経験があります。私が未熟だったのかもしれませんが、それ以上に、仲間内横並びの壁が厚いのです。

それではどうしたらよいでしょうか。ITリテラシーを上げることしかありません。この場合のITリテラシーは、また錯覚すると困りますが、PCの操作や、ソフトウエアの導入ではありません。建設業界という内部だけではなく、この世界で情報がどのような意味を持って動き回っているかを理解することではないかと思います。視野を広くしなければ自分の立ち位置も不明のままです。
ともあれ、こうした記事が掲載されるだけでも、建設業界の誰かは、その意味に気がついているということとでも考えておきましょう。




2007年2月20日

NHKの連続大河ドラマが取り上げた主人公にゆかりのある地方は、それをきっかけに観光に力を入れることがすっかり定着したようです。今年は私が学生時代4年過ごした甲斐の国が舞台になっていて、武田の軍師とされている山本勘助の物語だそうです(私はまったく見ていません=その時間には酔って寝ていることが多い)。
山本勘助自身は軍師ではなく伝令将校であったとの説が現在では有力だといいますが。

武田氏と私の住まいする茨城県は、実は深いつながりがあり、旧勝田市(ひたちなか市)の武田が発祥の地であるといいます。今、整備されて小さな館を模した建物が建っています(10年ほど前に行ったきりですが)。
1988年に同じく「武田信玄」が放映されたときは、何かの折に武田神社に行った所、仮設の見学館できていました。今年の話題は、人が石垣だったはずの城に、発掘してみたら実は石垣があったなどと報道されていることでしょうか。その武田神社は、大学の近くにあって、学生時代はよく行ったものです。

最近、また用事があって甲斐の国に行きました。今では笛吹市となっている塩山には、武田信玄の菩提寺である乾徳山恵林寺がありますが、余裕があったので少し立ち寄ってみました。早い時間でしたが、何組かの観光客(外国人も)がすでにおられました。ここには20年ほど前一度来たことがあります。そのときはあまり注意していなかったので気がつきませんでしたが、夢窓国師の開山なのだそうです。この人の名は古い禅宗のお寺ではよく聞く名で、私の今住まいしている場所の隣の市にある谷和原筒戸の禅福寺も、平将門が開いた後荒廃していたが、この人の支援を受けて再建され、今に及んでいるといわれています(「谷和原の歴史通史編」386ページ:谷和原村教育委員会平成15年)。

織田信長によって全山が焼かれた後徳川家康によって再建された四脚門(国の重要文化財)をくぐって本堂を覗いてみました。
(余談ですが、こうした建造物はすごくトップヘビーに見え、耐震性のことを考えてしまいます。)

恵林寺入り口

四脚門


拝観料を自動販売機で支払い、中を見学しました。ここでも以前は気がつかなかったのですが、なんだか新しい感じがします。こうした有名なお寺は、開山は古くても実は最近の再建であることが多いので、帰ってから恵林寺の公式ホームページを見たところ、【本堂と庫裡は明治38年に失火により焼失しており、築100年あまりとなります。】との記述がありました。


20070220

本堂

庫裡の鬼瓦(武田菱があります)


若いときから、どこかへ行くとすぐその付近の神社や仏閣を見るのが習いでしたが、今の年齢になっても変わらず、昨日は阿見町の一乗寺を見てきました。(宮本武蔵の一乗寺下り松の決闘を思い出します。これについてはまた後ほど)。



2007年2月10日

昨日は技術士2次試験の合格発表がありました。合格された方、おめでとうございます。私の関係する方々にも何人か合格された方がいました。少しは私のアドバイスが役に立ったかなとほっとしています。一方で、今年も名前の無かった方もいます。どのような状況であったのか知りたいところです。

技術士試験は、今年度の合格率は全体で16.3%ですが、このところ年々下がってますます難関となってきています。(建設部門トンネル科目は13%、土質および基礎などはなんと6.9%です。0%を除けば全部門全科目中最低です)合格者数は3,205名で、これも平成16,17年度より少なくなっています。申込者数受験者数は平成17年度とほぼ同じです。
技術士の人数を増やすというふれこみでの試験制度変更でしたが、実際はあまり変わっていないようです。平成19年度からまた試験方法が変わりますが、果たしてどのような結果になるでしょうか。「日経コンストラクション」などは、早々と受験特集を組んだりしていますが、私の予想ではあまり変わらない(受験者数も合格率も)のではないかと思います。今年度技術士会は受験料の収入読みが外れて、予算の組み替えまで行うようですが。

合格発表は例年新聞の地方欄に氏名が掲載されていたのですが、今年度から掲載されていません。番号だけ掲載しても記事にならないからでしょう。それどころか、官報以外では氏名の発表はありません。私も知り合いの名を官報で見つけました。個人情報保護のためとされていますが、さすがにこれはおかしいのではないでしょうか。合格された人は、氏名の発表を嫌がるのでしょうか。嫌がろうが嫌がらなかろうが、発表するほうとしてはできるだけ個人情報を出さないほうが後々無難だというのでしょうか。それなら官報に掲載される理由がよくわからないことになります。ネット上の官報は1週間で消えてしまうといっても、紙のほうはずっと残るので、結局同じことではないかと思いますが。

何はともあれ、すぐに19年度の申し込みが始まります。公共工事品確法の影響でしょうか、公務員の技術士受験が多くなりそうだ(講習会受講者が多く熱心だ)という投書が先の「日経コンストラクション」に載っていました。行政職の方が技術士資格を取ってどうするのか(また直営が復活する?)という根本的問いは残りますが、少しは、技術「者」のほうに目を向けていただければ、長い長い「請け負け」状態の突破口が開けるのではないかとも思っています。




2007年1月29日

最近、思い立って土浦市荒川沖を2時間ほど散策しました。歩く行為が単なる移動の(ローテク)手段になっているので、町並みを眺めながら歩くなどは、あまりありません。近年では、桜川市真壁町を同じように散策しました。また、ずっと以前には千葉県佐原市も同じように散策しました。それぞれに趣があって、なかなかよいものです。いわゆるウオーキングでは、歩くことが目的になっているので、いかに健康によいからといって、何かいまひとつ気持ちが乗らないため習慣にはしていませんが、今度のような「歩き」は、発見があり楽しいものです。

荒川沖は水戸街道の荒川沖宿で、JR常磐線では土浦のひとつ手前、予科練で知られた阿見町への入り口です。ちなみに、土浦と荒川沖間は、同線の県南では駅間が最も長いのだそうで、それは土浦までの間にあるう水戸街道中村宿に駅ができなかったからだそうです。
以前から住宅街ができており、私の知人にも何人もここに住んでおられる方がいます。が、そうしたことは私のほかのサイトにとっておいて、そちらで整理することにし、ここではある小さな発見をご紹介します。

駅西口近くに「姫宮神社」という神社があります。(下の写真左)
寛永20年(1643年)ごろの創建だが、天平神護年間(729年〜767年)にはその前身があったと、平成18年7月に立てられた案内板に書いてありました。祭神が木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)である「安産の守護神」で、地方にはめったに無い珍しい神社だとも書いていてあります。

  


この境内に、写真右のような石があります。

「百度石」と彫りこんであります。案内板にはありませんでしたが、これは「お百度参り」のための石のようです。「お百度参り」とは、昔の歌にもありましたが、100回お参りして願いをかなえてもらう信仰で、古くからあったようですが、大正年間から盛んになったとの文献もあります。
願いがかなったら1,000度歩いてお礼をすることも含むようです。これは何のための石かというと、たとえば私が家からお参りする場合、100度は100日かかるかもしれません。これでは、いかに切実な願い事があったとしても、なかなか困難です。
しかし、このように神社の境内に、本殿とすぐ近くにこの石のような指標(出発点)があればが、1日参拝することによって100回は達成できる回数です。
こうした類に一回お参りすると何万回もお参りしたと同じ効果がある、ある特定の日があるなどと言うこともあります。これらと同じような、まことに人間の都合で作られた信仰の「一部修正」であると思います。神様もそこは柔軟に対応してくれるのでしょう。四国にお遍路に行かなくても近所にも札所があるようなものです。

お百度は踏みませんでしたので、私の願いはまだかなえられそうもありませんが、納豆騒動やペコちゃん騒動を見聞きしていると、最近の硬直した非合理的な意識(明らかになったときの影響にまで考えが及ばない)は、古代の人の合理性の足元にも及ばない感じがしてきました。
合理と非合理の区分けこそ科学的な思考の根源ですから、信仰の「一部修正」は、人間の合理性が発揮されている部分であってしかるべきではないかと思います。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」

しかし、私の住んでいる街には「不審者見たら110番」という立て看板があります。歩いている人のほとんどいない住宅街を、家並みをゆっくり見ながらしかも1人で歩いてきたので、もしかすると、とも考えてしまいました。



2007年1月16日

まず、経済産業省のメールマガジンから引用します。これは事務次官の記者会見(1月15日)の質疑応答の発表文です。

【(不二家問題)Q: 不二家のISOについて伺いたいのですけれども、期限切れの原材料を使っていたということで、そういった企業がISO認証を受けるというのをどのようにお考えか、教えてください。
 
A: それは非常に問題があると思います。ただ、ISOの審査登録制度は基本的には民間の制度です。従って、一義的には民間の認証機関がどういう判断をするかということだと思います。
 ただ、社会的な影響が非常に大きいということで、私どもの方で11日の木曜日に財団法人日本適合性認定協会、JABと称しておりますけれども、ここに対して注意喚起と情報提供の依頼をしました。JABの方では、翌日、12日に実際に不二家について認証をした2つの機関、一つはスイスのSGSという機関、もう一つは日本の株式会社日本環境認証機構に対して、JABから調査依頼をしたと聞いています。
 この後、この2つの認証機関がどういうアクションをとるかということですけれど、それは認証機関の判断に委ねられる問題であると思っています。こういう民間の認証登録制度がこのようなケースで有効に機能することを私どもとしては期待しており、ISOの審査登録制度の適切な運営という観点から、今後とも必要な対応をしていきたいと考えています。 】

私もISOの品質と環境の審査員補資格を持っていますが、審査を実際にしたことはありません。審査機関に属していないからで、どうも最近この仕組みは企業の側のためではなく、審査機関のための仕組みではないかというような感じにとらわれています。調査依頼したとしても、仕組みを利用するのは企業の側であるから、うまく機能しない場合は、全面的に企業の側にその理由があるという結果発表がまもなくあるように予想されます。審査は抜き取りで行われるのであるから、そのときに適合していれば、認証登録を拒否できないので、自然、受審側は、そのときだけの対応になり、この問題のように、日常的にはまったく違うことをしているようになることは、建設業だけですが、私もたくさん見てきました。
本日7:00現在では、JAB、SGSジャパンとJACOのウエブサイトには何も掲載されていませんので、一方的な判断は慎むべきですが、このように決まったことをやらないという状況に対しての対応方法を、何か仕組み的に考えているところがあるでしょうか。それとも実施しないほうがよくないのだから、それは仕組みの問題ではなく個別の企業(組織)や個人の倫理の問題なのでしょうか。なんとも心もとないまま、ISOの規格だけがどんどん出来ていってしまいます。上の記者会見で、「基本的には民間規格」だとおっしゃっていますが、日本語規格は「JIS」なのですから、経済産業省にも制定した責任の一端はあると思います。それとも、これもまた前回書いたように「日本文化に占める科学(と技術)哲学」問題なのかもしれません。交通法規があっても「みんなでわたれば怖くない」文化です。しかしこうなると「日本文化に占める哲学」の問題となって、私の手に負えるものではなくなってきました。せいぜいブランドに惑わされず、街のお菓子屋さんで、作っているところを見ながらそれを買うしか逃れる方法は無いのかもしれません。
ペコちゃんが泣いている漫画がありました。100年ブランドがまた消えていくのか、実害が無かったからうやむやになってしまうのか、注目です。

どうも、今年に入って同じようなテーマばかりが続きます。



2007年1月11日

昨日10日のNHK「クローズアップ現代」を見ながら考えました。ご覧になっていない方のために少し紹介すると、ある大学での論文捏造疑惑で教授と実験を担当した助手が懲戒解雇となり、その二人への長期取材の模様です。
内容にはよくわからないところがあり、本当に捏造かどうかは結論が出ていないようですが、私が気になったことは、実験担当助手が記録ノートを付けていないということです。番組では、それがこの助手の実験スタイルであったとの紹介はありましたが、なぜ実験にとって最も重要な手順であるはずの記録をとらないようなスタイルが確立してしまっていたかの説明、弁明はありませんでした。

最近、原発やダムなどで、測定データの捏造がよく報道されます。科学者にとってもそうでしょうが、われわれ技術屋にとって、その場での記録が最も重要です。土木屋なら、測量のときの野帳の重要性はわかると思います。測量間違いを、後で野帳のデータを再計算して発見した経験は少なからぬ人がお持ちではないかと思います。第一、この助手のように、何も無いのに信用しろというのは、それだけで科学や技術の世界に身をおく資格は無いのではないかと思います。(このあたりにも、科学や技術の根本が、日本人の常識の中から抜けてきているのではないかという感じが漂っています)

この番組の場合は違うようですが、測定値の値が管理限界を超えていたようなとき、それが公表されるといろいろ(言い訳やら測定のやり直しやら)ややこしいことになるので「鉛筆をなめた」又は「鉛筆をなめろ」という内から外からの圧力があるのでしょう。30年もまえの話ですが、私にもそうした圧力が上司からあったことがあります。シールド近接構造物の変動測定値が、当時は自動ではなくレベル測量であったため、どうしても微小な測定誤差が発生しますが、グラフ化すれば変動はしていないことがわかります。しかし、上司は、報告書に添付する測定データを、「動いていないのだから」全部初期値と同じにしろ(誤差ゼロ)と要求してきたのです。抵抗して私は上司に見せずに提出してしまいましたが、何も起こらずにすんでしまいました。自動測定などの無い時代の話です。

品質管理の世界でも、記録ということは最重要な課題です。今では自動的に測定し、自動的に記録されていることが多く、いちいち野帳に手で記録するなどということは少なくなったのかもしれませんが、それでも記録の重要性はなくなりません。

これについて面白い本を以前読みました。『ケプラー疑惑-ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』(ジョシュア・ギルダー、アン-リー・ギルダー 著、山越幸江 訳 地人書館2006年)です。ケプラーの法則は、ケプラーがティコ・ブラーエの膨大な観測記録から導き出したものですが、そうした記録を残したことへの評価が不当に低くされているというのです。もちろんこの本は、ケプラーがティコを毒殺し、記録の価値を知らない遺産相続人のごたごたの最中に記録を盗んだという、非常に興味のある検証をしています。しかし、そうするとケプラーは記録の価値を何よりもよく知っていたことにもなります。


旧石器捏造も結果はなんだかはっきりしません。これによって懲戒解雇をされた学者や公務員はいないようです。某建築士の耐震偽装も、本人がなんとなくやったという結論のようです。さて、風力発電の塔の倒壊では、どのような結論が出されるでしょうか。またもや、個人(設計者か施工者か)の問題に帰着し、日本文化に占める科学(と技術)哲学の希薄さにまでは行かない予感がしますが、果たして・・・・・・。




2007年1月1日

あけましておめでとうございます。今年も本欄をよろしくお願いいたします。

年末年始につき物といえばお酒もそのひとつです。日本は酔っ払い天国といわれて久しいのですが、それは夜仕事を終えてからの話と思っていました。(昔からそうでない人もいましたが、それは病気か例外でした)私も人様並(以上?)に飲みますが、それは一日の仕事を終えたという自分に対する区切りの意味があります。サラリーマン時代も、残業をしないやつといわれていたわりには帰宅時間はこれは人並みに遅かったのもそのせいです。今は、めったに外では飲まず家でコレクションのDVD(関係の無い追記:最近長年待ちわびていた「決断の3時10分」という西部劇のDVD単品が発売になりました。これでおおむねほしい西部劇はそろいました)を見ながら飲み、つまらなければ寝てしまいます(つまらない映画もたくさんありますが、つまらない映画=嫌いな映画ではありませんのでコレクションに加えてあります)。

しかし、近年、飲酒運転を日常的に繰り返しているドライバーや、その上での事故、昼飲んで電車で痴漢行為を摘発されたなどの報道をよく見聞きします。法の厳罰化が検討されているようですが、こうした動きが出るということは、どこかで日本社会の酒樽の箍が外れたのであろうと思います。

昨年暮れ、日本技術士会の機関紙「技術士」1月号が送られてきましたので、ざっと目を通していたら、「最近の倫理審査から」という記事がありました。酒気帯びで客先の会議に出席したり、受託任務を放棄したりしてクライアントから苦情があり、倫理審査で戒告を受けた会員がいたという記事です。技術士倫理要綱第1項(品位の保持)及び第5項(明確な契約)違反だということで、私の知る限り、飲酒に関わる初めての事例ではないかと思います。
第5項に関しては私も逆な立場におかれたことがありますので、これはまた感想を述べる機会を改めることとしますが、酒気帯び会議出席は「品位の保持」違反になるということはどう考えればよいでしょうか。
客先の会議への酒気帯び出席であるからまったく当然だという意見があったから倫理委員会での結果になったのでしょうが、それが戒告ですんだということは、倫理要綱の限界とはいえないでしょうか。もし、損害を与えているような問題なら、もっと違った処分であったと想像されます。
具体的なことはわからない(書いてない)のですが、苦情が無ければまったく異なった展開になったことが予想されます。
こうした場合、技術士会との契約、または技術士会から派遣されているのでなければ、このお客は第一義的には当該技術士との契約を破棄し、違約金を請求すれば足りたのではないかと思います。そして以後、技術士に仕事を依頼することはやめる(一事が万事=技術士などはこの程度と考える)ことで解決したのではないかと想像します。技術士でなくても立派な優れた専門家はたくさんいますから、なぜ、技術士会に苦情が来たのか、技術士会をどのように考えておられたのかぜひとも知りたいところではあります。
このように、倫理綱領とは会が会員外に向かって宣言したとはいえ、会員外から違反の申し立てがあることまでは想定してはいないのではないでしょうか。それとも会員外から申し立てがあり、審査の結果申し立てが妥当でない場合、その申し立てた人に対して綱領違反は無いので処分はいたしません、と通告することまで含まれるのでしょうか。(倫理委員会の規則=倫理審査規則を読むとそのようです)
想像だけでものを言ってはいけないことは重々承知ですが、この記事については事実が少なすぎて、しかも「品位の保持」という、議論が主観的になりがちな内容なので、少なからぬ疑問がわきます。被審査人の著しい不利益になる場合は公表しないとありますから、公表は無理なのでしょう。
そもそも倫理委員会の規則では定款違反と細則違反しか定められていません(それらにあたらないものとしての戒告がある)から、倫理要綱違反というのはそれ以外の場合なので戒告となったのでしょうが、少し考えると倫理要綱違反で罰則というのも腑に落ちません。

倫理については技術士試験でもさまざまに論じられてきていますが、共通の認識としてこれは法律や規則ではないということがあります。つまり倫理には罰則は無いのです。そこのところをどのように考えたらよいか、新年の宿題となりました。あまりおめでたい話題ではありませんでした。

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