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技術士のひとりごと 2009

 随時更新の予定です。
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2009年12月29日

更新が滞っているうちに、あっという間に年末になってしまいました。

今年は、1999年6月に旧サイトを開設してから10年になりました。同年1月に元の勤め先を退職し、5月に法人を設立して、サイトを作り、本欄の前身である「所長の一言」連載を始めました。その当時からのものは全部バックナンバー集で読むことが出来ます。最初のものはここにあります。
当時は月に一回程度であったのですが、次第に増え、現在はほぼ10日ごとの更新を目指しています。あまり守られてはいませんが。
「一言」と「ひとりごと」では意味するところが違って当たり前なのですが、読み返してみると内容はあまり変化していないのがよく分かります。つまり、やっていることもこの10年あまり変化していなかったと言うことなのかもしれません。

仕事はともかく、生活ではずいぶん変化がありました。今の住まいにはかれこれ27年住んでいますが、その町内については、ほとんど知ることがありませんでした。
それが、この10年、町内会の役員やら何やらをやったおかげで、スーパーに買い物に行っても、知り合いと話をするという環境になりました。役員を辞めても、それは続いています。世界が広がったといえばよいのか、物理的範囲は狭まったが、濃密になったといえばよいのか、いずれにしても、いま問題になっている引きこもっている老人への道は歩まなくて良さそうです。

政権交代があって、建設界も大きく変わろうとしているように見えます。しかし、これは、もう何年も前からの現象で、政権が交代したことが原因ではありません。長い間かかって変化してきている環境が、あるとき見える形で噴出すると、その直近のなにか目立つことに原因を結びつけてしまうことはよくあることです。バブル崩壊後、建設界はそれ以前には戻れなくなっていたのです。もう20年も前のことです。政権交代のせいではありません。

そんな中で、私は来るべき年も土木に軸足を置いたままで行こうと思います。新政権の政策では、業種転換が望ましいのかもしれませんが。

最後になりましたが、この1年あるいはこの10年このサイトをご覧くださってありがとうございます。御礼申し上げます。少しの変化はあるかもしれませんが、基本コンセプトは来年も引き継いで行くつもりですので、お暇なときにはどうかおつきあいください。

皆さんに良いお年が訪れますように。






2009年12月8日

1941年12月8日(日本時間)は日米開戦の日でした。68年前になります。テレビのニュースなどでは、どの局も触れていなかった様です。

雑誌「週刊ダイヤモンド」恒例の「ゼネコン〜」が、12月12日号(私は7日購入)に掲載されました。
これまでも「ゼネコン自滅」(2007/1/20)、「ゼネコン断末魔」(2007/12/1)、などがありましたが、今回特集はついに「ゼネコン消滅列島」です。新政権が、「ゼネコンは海外に進出をしたらどうか、大手はもちろん中堅でも住宅市場がある」というような誘導発言をした時を同じくして、ドバイ・ショックが走りました。これについても同誌は「激震!ドバイショック スーパーゼネコンの危機」といっています。

なぜこのような事態になってしまったのか。建設業者が多すぎる、などいろいろな理由が取りざたされています。しかし、「田中角栄の呪縛」(同誌62ページ)を読むと、
【法律を駆使して築いた土建国家】が、いかに強固なものかが分かります。
法律ですから、出来てしまえば、それをなくすのは大変です。新政権が、単に「コンクリートから人へ」とスローガンを掲げても、建設業界自体に柔軟性が無いのです。

もっと良くないことに、建設業界だけでなく政治(業界?)も一緒に築かれた中に組み込まれているものですから、建設業界の方が無くなればよいというわけにはいかないのでしょう。公共事業だけで生きているという地方が多いこと、公共事業が地場産業になっていることを考えると、ハード・ランディングは非常に厳しい結果を生みます。そうかといって、ソフト・ランディングは、いみじくもかの「仕分け」で国土交通省の担当者が言ったように、建設業という業態を残したままでいてほしい中での他分野進出を意味していますから、これまた大変です。しかし、ハードもソフトもなく、「消滅」となれば、これはもう放っておけばよいのですが、新政権も2次補正予算でついに建設国債を財源に地方支援の交付金を1,000億円増額しました。そうはいかなかったようです。どれだけ効果が上がるかは、はなはだ疑問ですが。国債発行額が税収を上回るのは終戦直後の46年度以来63年ぶりという異常事態だということで、ゼネコンどころか土木の周辺でうごめいている私なども「消滅」してしまいそうです。

道路を限りなく生み出す財源であったガソリン税がなくなれば、至る所で途切れた道路が出現するのでしょうか。道路はそれこそつながっていなければ意味をなさないので、いくら必要な道路はつくる、必要でない道路はつくらないといっても、必要がなくなった作りかけ道路は壊す、とはならないでしょう。ダムも同じです。

【法律を駆使して築いた土建国家】を、どのように未来に向けて運営しながら新たなあるべき方向に変質させていくのか。新政権は現に公共事業に関わっている技術者は信用しないのだそうですが、技術者は官側にいるだけじゃありませんから、その他の英知を集結して将来(近い将来、遠い将来とも)の、「田中角栄の呪縛」を払拭した新しい国家像を生み出すことが必要な訳です。それには会員に官側技術者も多い土木学会などではなく、また土工協のようなゼネコン中心でもなく、いっそのことリタイア技術者が自由参加のボランティアでシンクタンクを作り上げるしか無いのではないかと思えるほどです。

どうでしょうか、日本技術士会建設部会などがひとつ提言を行う組織を立ち上げてみては。






2009年11月17日

福島県の海洋科学館「アクアマリンふくしま」は、シーラカンスの赤ちゃんの撮影に成功しました。シーラカンス・ウオッチャーの私としては速報の価値があると判断して本欄に紹介します。プレスリリースはこちらです。




2009年11月10日

「地盤工学会誌」11月号は、特集が「他分野との融合」で、その「総説」を土岐憲三先生が同タイトルで書かれています。これがおもしろかったので、少しだけご紹介して感想を述べてみたいと思います。

先生はまず、いわゆる科研費の分科細目見直し時の体験を述べられます。「土木工学」と「建築学」は別の分科に属している(先のリンク先PDFファイル8ページ)が、内容も似通っているから両者の統合ができないかという、工学系全体会議の意見を受けて、先生はその実現に動こうとします。しかしながら「土木工学」と「建築学」に関係する人には反対論が強く、結局何も変わらなく現在に至っている、というのです。そのとき、現状維持の結論に導いたのは、ある委員が言った「土木と建築は人種が違うようですから・・・」という一言だったといいます。

私の関わってきている建設業界でも、同じようなことが感じられます。少し大きな会社では、土木部門と建築部門を擁しているのが普通ですが、その交流は技術者のみでなく事務屋さんでもほとんどなく、まるで別会社のように感じられているようです。私が会社つとめをやめてから10年がたっていますから、その間に事情が変化したかどうか確かめもしないで語ってはいけないのでしょうが、聞こえてくる話ではその点は何ら変わらないようです。
しかし、「人種が違う」というのは何なのでしょうか。土木や建築以外の工学の方たちは、そのようにこの建設といわれている世界に住む者を考えているのでしょうか。先生は「侮蔑的な意味ではない」とされていますが、その一方で「大変恥ずかしい思いであった」とも書かれています。

何も似通っているからといって無理矢理土木と建築を融合する必要もない訳なのですが、検討もしないでいるというのはどのようなことなのでしょうか。他分野というか異分野どうしでは、正しい道かどうかは私にはまだ判断はできないですが、経済物理学などという学も育ってきているようです(「日本経済新聞」11月4日〜6日の経済教室欄)し、そもそも人間行動が経済行動なのだからということで行動経済学などという心理学的経済学も生まれています。そのような場面から考えれば、土木と建築などは兄弟のようなものです。もっとも、近い身内ほど疎遠になることもあります。

先生はその後、いまの専門である文化財の防災という方面で、これも「建築を専門としない者がなぜ文化財の防災に取り組むのか?」との「固定観念」と対峙しながら、「地震工学の主としてハードの研究に従事してきた者が(中略)情報処理分野で特許申請をする」ようになった「他分野との融合」実践を紹介され、
「「他分野との融合」ということは、結局は新しい分野を切り拓くということと同義」であると結ばれています。この指摘は非常に胸に落ちてくる指摘です。横に動いてもだめで、お互いにスパイラル・アップするような動きこそ「融合」なのです。

時あたかも民主党政権が、建設業は20万社でも多すぎる、新分野に積極的に展開するべきであるという政策を採り始めています。これまでのように、不況だから財政出動をという要求しか頭にない(考えつかない)建設業界は、茫然自失というか、いまだ対応策が思い浮かばない様です。土木・建築を捨てて新分野へという道もあるでしょうが、それでは横に動くだけで向かう先に既存の産業が立ちはだかっています。新分野とは文字通り新分野でなければならないと思います。私のような土木の立場では、建築も含む「他分野との融合」の結果、「新しい分野を切り拓く」ことになったらすばらしい、何かそのような方向性はないものだろうか、などと考えてしまう、「総説」でした。






2009年11月1日

土木施工管理技士などの国家資格試験を行っている財団法人全国建設研修センターの機関誌「国づくりと研修」は、その一部をWeb上でも読むことができます。
125号を読んでいたら、「土木関連のカリキュラムが学べる学校」というページがありました。対象は大学、短期大学、高等専門学校で、残念ながら工業高等学校や専門学校はありませんでしたが、これがなかなかおもしろいものです。

まず「土木関連のカリキュラムが学べる学校」として数え上げられたのが138校(学部)あります。これに対し全国で大学、短期大学、高等専門学校は何校あるのかがわからなければならないので、文部科学省のWeb「平成21年度学校基本調査速報 参考資料」から数えると、大学773校、短期大学406校、高等専門学校64校の計1,243校となります。これは学部単位ではないので、多少数値は異なってくると思いますが、小さなことにはこだわらないで先に行きます。土木関連のカリキュラムが学べる学校」は全体の11.1%にすぎないということになります。

さて138校(学部)のうち、そのものずばり「土木工学科」の名が見えるのは、なんと10学科(7.2%)に過ぎません。「土木環境」など「土木」の文字を加えても16学科です。
次に「建設」を数えてみました。31学科で、倍です。それに対し、「環境」文字を数えると73あります。4.8倍です。そのほか、「都市」のつく学科が39、「システム」のつく学科が20などとなっています。いずれも、これらの組み合わせで学科名が組み立てられています。中には「デザイン工学」や「シビルエンジニアコース」(これは前記の「土木工学科」ないし「土木」には数えていません)なども見えます。

これらをみていると、「土木」という言葉が不人気であることや、誤解されているというか理解されていないということの理由の一端は、土木に携わる者の方にあることが解ります。「土木学会」こそかろうじて「土木」を残していますが、高等教育の場では「土木」はもうすでにかすんでいるのです。これではいくら「土木」は世のため人のためにあるのだと力説しても、空回りするだけではないでしょうか。自分たちが依拠しないで、他人、それも若い人々を引き込む訳にはいきません。

「国づくりと研修」同じ号の他のページには、座談会での現役土木技術者の発言として
【村上龍の『13歳のハローワーク』の本には、建築に関するものはあるけれども、土木技術者という項目がないんですよね。その意図はわかりませんが、「土木技術者の定義」は非常に難しい。】というものがあります。この本を私は読んでいませんので、本当かどうかわかりませんが、上のように考えてきた私はなんとなく納得してしまいました。

昨日と今日は、私が非常勤で土木のいくつかの科目を講義している学校(専門学校。ここも「土木」は「環境」付きです)の学園祭でした。「Chance―得るものではなく創るもの―」がスローガンで、かなりの賑わいを見せていました。我が土木環境学科の面々が生のジャガイモから作った3種のポテトチップスは、家人にも認められた味になっていました。(写真1)

ついでに、昨日は仕事で東京に行きましたが、ビルの谷間から新東京タワー「東京スカイツリー」が見えていました。(写真2)
これは高い塔なので「建築」なのでしょうね。

輝峰祭 東京スカイツリー
写真1 輝峰祭 写真2 東京スカイツリー






2009年10月20日

これはぜひとも私のWebのどこかに記録しておかなければならない事です。こちらの欄は、主として映画館で観た映画の記憶を書いているので、その趣旨とは少しずれますから適当ではありません。そこで、この欄にしました。

いま、私の家では、ケーブルテレビに加入しているのですが、その中でメインの加入料金のみで見ることのできる番組があります。ここ半月ほど、その一局で「新選組血風録」を放映していました。もう少しで全26話が完結します。
これは、司馬遼太郎に同名の小説がありますが、それを原作としています。
当初、昭和40年7月11日に放映が開始され、昭和41年1月2日に終わっています。毎週日曜の夜9:30から10:30、NET(今のテレビ朝日)という時間です。当時私は浪人中でしたか、東映の時代劇(チャンバラ映画)は、西部劇ほどではありませんでしたが、飽きもしないでよく見に通いました。しかし、この映画では全く違った世界があることを知らされました。

何しろ登場人物が会話をしています。会話をしているということは、人物が生きているということです。切り合いの場面もありますが、チャンバラではありません。毎回完結のドラマが、毎回主人公を異にして展開されますが、それでいて全体が新選組史になっています。この映画の中の新選組隊士、土方歳三、沖田総司、斎藤一は、私のこれらの人々に対するイメージを完全に固定しました。原田左之助、井上源三郎、山崎烝もそうです。もちろん近藤勇も。
これらを演じた俳優たちには、以後何度もお目にかかっていますが、どうもこの映画のイメージが強すぎてなじめません。司馬遼太郎が「ぴったりだ」と評したそうですが、本当のようです。俳優が良く脚本が良く監督が良い、これはもう完璧な映像芸術です。

新選組については、この後、子母澤寛「新選組始末記」やもう少し堅い平尾道雄「新撰組史録」なども読みましたし、最近では「新選組実録」(相川司、菊池明、1996年、ちくま新書)、「歴史の中の新選組」(宮地正人、2004年、岩波書店)、「新選組全史」(木村幸比古、2004年、講談社)まであさっていますが、出てくる人名と頭の中のイメージはこのテレビ映画「新選組血風録」のままです。
モノクロ時代劇で、しかも16ミリフィルムの映画であるからかどうか、再放送はされなかったようです。原作を以前は文庫本で読んだのですが、整理してなくなっているので思い立って図書館に行き司馬遼太郎全集第7巻を借りてきました。原作通りの回もあれば、原作には全くないエピソードもあります。設定を変えてあるのもあります。司馬遼太郎は、ほとんど同じ登場人物で「燃えよ剣」を書いています。そちらも読み、映像化されたものもみました。しかしあまりよくありません。やはり、原作が、映画にするには長すぎておさまらず、テレビのシリーズにするには、もともとそうした短編の連作である「新選組血風録」の方があっているのでしょう。

うれしいことに、22日(木)には、この土方歳三、沖田総司、斎藤一を演じた俳優が、数十年の時を超えて同窓会を行い、それが放映されるのです。あと二日、心待ちにしています。

スティーブ・マクイーンの「拳銃無宿」や、ビック・モローの「コンバット」、ロバート・フラーの「ララミー牧場」あるいは大瀬康一の「月光仮面」「隠密剣士」などのいわゆるテレビ映画を、ご多聞にもれず私も見ていました。当初は30分、後には60、90と長くなり、刑事コロンボ・シリーズのように、放映当時私はあるシールド現場を担当していましたが、この放映のある日は現場の職員がみな急いで帰宅したようなものもあります。

それでもなお、昭和40年版テレビ映画「新選組血風録」は、私のどこかに記憶しておかなければならない映画のようです。




2009年10月6日

「土木學會誌」10月号を読んでいました。メインの記事は可もなし不可もなしというところです。【「アセットマネジメント=長寿命化」か?】(12ページ)などは少し面白かった(技術士やRCCM受験者の論文指導をしていると、このイコールを全く疑わない方たちばかりです)し、21ページの【管渠の健全率予測式を用いた将来事業量予測手法】にある2198年までの図なども興味のあるものでしたが。

雑誌などでは、細かい場所に面白みのある情報があることが少なからずあるので、縦書きになった中で珍しく横書きのままの「公募情報」まで読んでみました。今回は大学院1校と高専3校です。別に、私が応募しようと考えたわけではなく、単に暇にあかせての事だったのですが、面白いことに気がつきました。この欄には大学や大学院あるいは高専の土木系教員の公募情報が載るのですが、通常「応募資格」では「博士の学位取得者(または見込み者)」が必ず入っています。今回も1校ある大学院では「応募資格」第1項は「博士またはPh.D.の学位を有すること」となっています。

ところが、他の高専3校では、その順序表現はまちまちですが「博士の学位または技術士の資格を有する者」と、なんと技術士が顔を出しているではありませんか。これは以前からのことであって、私の気がつくのが遅いのか、それとも今回が初めてなのか、にわかには判断できません。そこで、すぐ見ることができた7月号までさかのぼってみました。やはり高専は技術士があり大学はありません。昨年はどうであったかはもう「土木學會誌」自体を処分してしまっているのでわかりません(土木図書館に行ってバックナンバーを調べればよいのですが、私にとってはそこまで大げさな問題ではありません)。

なんでこんなことで一瞬バタバタしたかというと、技術士の知名度の極端な低さを嘆く前に、もっと露出する方法があるだろうに、などと考えていたからです。実際、私のよく利用する「国立情報学研究所論文情報ナビゲーターCiNii(サイニイ)」には、日本技術士会は参加していません。このサイトに入って(完全に利用するには有料)「日本技術士会」として検索してみると、技術士会会員との肩書きのある方の論文が多数ヒットします。肝心の日本技術士会がいません。思うに、技術士の皆さんは企業内で他の肩書(課長、部長、役員、社長)があったり大学教授であったりしており、知名度をほしい「技術士事務所所長」は少数派なのかもしれません。

もっとも、嘆きの声を聞くのは、企業内で転職(地位の上昇、年収の上昇を伴うものです。もちろん)を考え始めた方に多いような気もしますが。なにはともあれ、たとえ高専といえども(失礼!)技術士が博士と並んだのですから、これはこれで素晴らしいことです。私の昔の同僚にも、昔所属した会社の研究所の研究職を退職して高専の教授をされている方がいます。活躍をされていることと思います。

閑話休題。
「日経コンストラクション」9月25日号【わが社の「エース現場所長」】59ページには、これも昔の同僚でよくお酒を飲み歩いた方が登場していました。楽しい話をたくさん交わしました。私は偏屈で、あまりそうしたお付き合いはしなかったとおもうのですが。でも今では何しろ「エース」です。うれしい限りです。ここを読んでくれているとうれしいのですが、まあいいでしょう。元気そうでなによりです。

技術士の知名度を上げる良い方策などありません。露出するしかないのです。しかし、間違ってもマスコミに出ることが露出と思わないことです。技術士には色々な役目があるでしょうが、年配者にはその一つとして「技術の伝承」があります。この欄ぐらいでは「露出」とは言えないでしょうけれど、技術に関する何かを発信していきたくてもう10年も続けています。私にはこれで十分です。他人の書いた文章の引用と、恐ろしく行間の開いた文章で成り立っている多くのブログではやはり、「Webは「バカと暇人のもの」」と言われてしまいます。

なんだか方向が定まらない文章です(いつもです)。技術士のみなさん、高専の教授の年収は知りませんけれど、意欲があれば応募して頂きたいな、と思います。技術の継承は、現場でのOJTの必要性もさることながら、もう一歩先(後?前?)の、若い方への方から始めなければいけない段階です、今は。





2009年9月27日


連休でしたので、茨城県フラワーパークなどに行ってきました。あいにくの曇り空でしたが、家族連れなどで賑わっていました。ニュースでは高速道路の記録的渋滞を報じていましたが、茨城県のこの辺りはそこそこの人出のようでした。
ちょうど秋バラの季節到来で、色々なバラが咲いていました。中には人の名前のつけられたものもあります。「プリンセスミチコ」や「イングリット・バーグマン」に交じって、男性名もあります。下の写真1は「ヘンリー・フォンダ」です。(「どこが?」などと言ってはいけません)
ヘンリー・フォンダ 蝦蟇の油売り
写真1 ヘンリー・フォンダ 写真2 蝦蟇の油売り
園内では、「蝦蟇の油売り口上」も行われており、久しぶりに聞いてきました。切り傷に効くという「蝦蟇の油」(以前筑波山で売っていました。lこのサイトには製造会社山田屋薬局も1998年倒産したとあります。そういえばその直後に筑波山で聞いたような気もします)を刀を取り出してその切れ味を観衆に見せるため、和紙を切りながら「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が十六枚・・・・」とやっていくのですが、今回見たバージョンでは、観衆の中の子供にその枚数を答えてもらう演出をしていました。大道芸もこうやって少しずつ変化していくのかなという感想です。

さて、花を見ただけでは少し面白くないので、ここから約8km程山に登り、峰寺山西光院まで足をのばしました。
西光院は関東の清水寺と言われているそうで、実際崖に清水寺の舞台のような具合に(私は本家を見たことはありませんが)、スケールは断然小さいものの同じ感じでありました。こちらの方は別サイトに掲載していますので、今回は写真を1枚載せるだけにします。
峰寺山西光院
写真3 峰寺山西光院

本欄にふさわしい話題としては、この西光院からすこしの距離にある、「球状花崗岩」です。
茨城県指定天然記念物であり【「一見普通の花崗岩に見えるが,この中には黒雲母と微量の石英や燐灰石などを含む玉子状の堅い球顆が無数に不規則な状態で散在しているところから学術上「球状花崗岩」とよばれている。この様な岩石の産地は,世界でも極めて稀であり,日本では次の三か所が知られている。@愛知県豊田市の猿投山(国指定重要文化財)通称「菊石」A長野県喬木村の毛無山(県指定文化財)通称「菊目石」B茨城県八郷町の峰寺山(県指定文化財)通称「小判石」】と、このサイトにあります。(同じものなのに「国指定」と「県指定」に別れているのはなぜだ?)

また、茨城県自然博物館で発行している「自然博物館ニュースVol.42」には【球状花崗岩は,花崗岩の中に直径5cmほどの球が多数含まれている奇妙な岩石です。この岩石がみられる峰寺山は,筑波山の北東にあり,中腹にある高さ8mほどの崖では,球状部が風化によって丸くくぼんでいます。地元で「小判石」とよばれるこの球状花崗岩は,茨城県の天然記念物に指定されています。筑波山周辺には,地下に入り込んできたマグマが新生代の初め(約6000万年前)にゆっくり冷えてできた花崗岩類が分布しています。峰寺山の球状花崗岩は,このマグマの中に砂岩のかけらが取り込まれ,熱で融けてできた溶液が,マグマとほとんど混合せずに球となり,やがて固まってできた構造です。当館で展示している球状花崗岩は,切断面で球の外殻から中心に向かって菫青石が結晶したようすを見ることができます。】とあります。
この博物館は何度か見に行っているのですが、残念ながら今回調べるまで気が付きませんでした。

西光院の隣にある「東筑波ユートピア」(猿園があります)の入口前の看板(写真4)を通り過ぎて、崖下に降りる坂道(大雨で土が流された跡がそこかしこにあります)と鉄製の階段(写真5)を行くと、崖上の岩に「球状花崗岩」(写真6、写真7)が見えます。
案内板 坂道階段
写真4 案内板 写真5 坂道階段
見上げるだけで手では触れませんし、曇りで薄暗かったり崖の途中から水が流れ出しているため、はっきりとは見えませんでした。無数にくぼみが見えるのであれかな、という程度です。幸いにも写真を拡大するとその特徴がよくわかりました。
球状花崗岩1 球状花崗岩2
写真6 球状花崗岩1 写真7 球状花崗岩2

さすがに、ここまで来る家族連れはいないらしく、まさに(ミニ)深山幽谷の趣がありました。

閑話休題。
27日の読売新聞茨城首都近郊版に、牛久市内の河川床で「12万年前の貝化石床」が確認されたとありました。ところが、記事を読んでもその場所が書いてありません。察するところ、場所を特定すると心ない人が採取に来て荒らされてしまう、ということで書かなかったのかもしれません。このようなことは時々あります。見に行きたい者としては何ともさみしいものです。







2009年9月17日

民主党の政権が発足しました。2大政党制が望ましいということが言われてきて、私も基本的には政権交代の可能な仕組みがあった方が良いとは思いますが、今回の場合は2大政党というより1対0.3ぐらいの割合になってしまいましたので、随分違った印象です。

民主党の政権を象徴する事は、今朝官邸に入った首相が最初に会った人が連合の会長さんであったということに表れているように思われます。まあ、そのこと自体は以前から言われていたように、民主党の性格ですから置くとして、当面私としては、最も興味のある場面に絞って点検してみたいと思います。

国土交通省の大臣になった前原誠司氏のことはあまり知らないので、ざっと眺めてみました。氏が松下政経塾(8期)出身であるとか、大学では国際政治学専攻であったというようなことは、これも当面置いておきます。氏が、建設行政にどのような考えをお持ちであるのかが、当面の関心事であります。

というのは、これまでの自公政権(特に近年)のように、誰がやっても国土交通行政は大きくは変わらない、というのとは違い、どうも今回の新政権は、担当部署に一家言を持った人を布陣したような感じを受けるからです。ということは、その人が何を考えているか知る必要があるということです。まだ、何をやったかということは、少なくとも政権担当者としては無いわけですから。

同氏の公式ホームページに、昨年の「川の全国シンポジウム-淀川からの発信」(2008年11月2日(日)、3日(祝))での発言が収録されていました。
公共事業といわれているものを全面的に見なおす、特に道路と河川、この二つが大きな割合を占めているので、重点的に見直す。見直すとは、行ったん全面的に止めて、考え直すことであるということです。この発言の中に、
【「かぎカッコ付きの専門家」に任せないということであります。つまりは国土交通省の河川局の、いわゆる自称専門家と言われている方々の考え方だけで事業はさせない。】という部分があります。
これは、民主党の考え方をよく表していると思います。国土交通省河川局(道路局もですが)の技術者というのは、行政の技術者の中ではそれぞれのトップの専門家であるという評価が一般的でした。それを
【「自称」】と切って捨てたわけです。
では誰が判断するのかといえば市民国民で
【税金の使い道に国民が参加するというのは当たり前】であるというのです。

こうした、プロフェッショナルを退ける考え方は、全て政治主導(3権分立との関係は分かりませんが)であるというのですから当たり前のこととして出てきます。何も行政技術者は、専門家であるから納税者よ黙っておれとは言うとは思いませんが、それに近いことはあったのでしょう、どうも今次政権の根底には、そうした行政「専門家」否定の心が流れているようです。

行政の技術者はプロフェッショナルか、全ての専門家の判断は、市民の判断の前では従となるのか、など、議論になりそうな論点は数限りなくありそうですが、これらのことは今後の展開を待たねばなりません。
私としても、河川技術には詳しくないので、ダムの必要性などについては今後勉強する必要があることを痛感します。

ただ、前回この欄で書いたような、首相ほか理系の閣僚が何人か居るので、その専門性を発揮してもらいたいという希望は、残念ながらかなわなさそうです。技術士はプロフェッショナルであると思っていますので、川端文部科学大臣はどのようにお考えであるのかもまた、国土交通大臣の考え方と同様気になるところではあります。この続きはいずれまた。





2009年9月6日

最近、岩波新書の
「ビジネス・インサイト―創造の知とは何か」を読みました。著者は石井淳蔵流通科学大学学長(商学博士)です。この方は、「マーケティングの神話」(岩波現代文庫)で、「マーケティング・リサーチによって集めたデータからすぐれた商品を開発しようとする経営学が神話であることを明らかにした。」と、池田信夫Blogで紹介されていました。

「マーケティングの神話」は読んだことがありませんが、同じようなことは私も考えたことがあります。同じようなこととは、過去のデータを集めてきただけで、どうして将来が分かるのかということです。世の中が全て線形問題を解くような具合にできているのなら、過去のデータを延長すれば将来が分かります。それではこの世はニュートン力学のように、初期値が分かれば全てが解決することになります。具体的には、このような力学問題ではなく、過去の決算書の分析でその会社の将来が分かるということが、いまだに納得できていないのです。
今度の選挙もそうでしたが、世の中が動くときには、過去のデータなどの延長線上には決して無い現象が起きると思います。それこそ、今朝陽が昇ったから明日もそうだろうということは決して言えない、のです。

とまあ、哲学者ではない身にとって、この辺までで思考は停止し、後は自分で考えることを休んで、何か良い本がないかと探していました。「ブラック・スワン」という本もそのようなテーマらしいのですが、ちょっと大部なので敬遠していました。同じ著者に、「人はどうして、投資で儲かると自分の実力だと思い込み、損をすると運が悪かったと思うのか?」というテーマで「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか 」という本があることも知りました。面白そうですが、すこし方向性が違っているようで、まだこちらも読んでいません。

というわけで、
「ビジネス・インサイト―創造の知とは何か」は、新書というちょうど手ごろな大きさの本であったので、一気に読みました。
著者は「まず事実からイノベーションを「帰納」するという思想が、科学哲学で半世紀前に破産した論理実証主義の焼き直しであると断じる。」と、池田先生が書かれているように(本文を読んでも、池田先生のような過激な表現は見当たりませんでしたが)、「創造的瞬間」というものがイノベーションを生み出すのだと言います。私の浅はかな理解で言えば、考え続けて煮詰まってくると、ポンとはじけて新たな地平が目の前に生まれるのだと言います。

なんだかトーマス・クーンみたいだなと思っていたら、あながち外れではないようです。クーン自体は「パラダイム」概念を社会科学にまで広げたりしていませんから、その「転換」と「創造的瞬間」は厳密には違うのでしょうが、「経営者は跳ばなければならない」という「序章」を読むと、どうも私の理解では同じようです。過去を分析して自社(自分)の強みを知り、それを延ばしてより強くなる、という経営指導は、よく聞くやり方ですが、その方法では経営者がいなくても管理者さえいればできると、三好松下電工会長(当時)が言っていたという、この本の発端を読み、なるほどなと思ってしまいました。管理者さえいればできるが、会社自体は伸びはせず、斜陽産業になってしまう。いつかは世の中の方が変わって、自分の置かれている場所は小さくなってしまうというのです。

これは、先にも書いたようにこの本の「序章」にある内容ですが、私にとってはこれだけで、この本を選んだ価値がありました(全部読みましたが)。「経営工学」は経営者のための専門ではなく管理者のための専門のことだったのです。やはり、世の経営者(の中の本物)は、管理者とは違うのでしょう。私たちは(というのは多くの技術士をイメージしています)、管理者であったり、少数の人は経営者であったりしていますが、大方は「跳ぶ」経営者ではなかったようです。工学では、学んだり実際に適用したりする多くの事は線形問題なので、「跳ぶ」ことはなかなか難しいと思うようになります。

話は「跳び」ますが、今度の総理大臣になる(であろう)お方は、「東京大学工学部計数工学科卒業、スタンフォード大学工学部博士課程修了。」と、公式ホームページにあります。スタンフォード大学の工学博士で、オペレーションズ・リサーチ(OR)が専門だそうです。はたして「跳んで」、この社会の閉そく感を打ち破ってもらえるでしょうか。






2009年8月21日


8月19日は一級土木施工管理技士学科試験の合格発表日でした。今年は50%を少し上回って平成18年度、19年度の水準に戻りました。昨年度は学科が70.5%であったのに実地は25.9%と低くて、みな驚きました。はたして今年度の実地はどのようになるでしょうか。実地試験は10月4日です。
この試験は、実地合格で初めて合格なので、学科試験の結果だけで判断する事はできないのです。今年はある団体で一級と二級の受験準備講習会講師を引き受けましたので、少し気になっていたところ、平成15年度の結果の資料が出てきましたので、平成20年度の結果と比べてみました。この合格者属性の資料は、試験の主催者のサイトからもすぐに消えてしまうので、意識的に保存しておかないといけませんが、なぜ保存していたかの記憶はありません。
属性の発表は、受験地ごと、勤務先別、年齢階層別、男女別なのですが、まず勤務先別です。
平成15年度と20年度では大きな違いはありません(違いは合格者数で平成15年度が28,780人に対し、平成20年度はなんと9,743人でした)が、公務員等が大幅に増えているのが目につきます。これは近年の土木関係資格試験の流れで、技術士試験などでも発注者側技術者の割合が増えているのが目につきます。その他に分類されているのがよくわかりません。一級土木を必要とするのは、第一に公共事業土木を元請けで受注する企業ですが、それは大臣許可、知事許可のいずれかに入ってしまうはずです。

次に、年齢階層別を見ます。
平成15年では、きれいに年齢が高くなれば合格者も少なくなるという分布でしたが、平成20年度を見ると、最も若い層が減っています。またわずかですが55歳以上が増加しています。これが少子高齢化の表れなのか気になるところです。

まあ、単純に5年間と接近した2年を取り上げての比較はあまり意味がないかもしれません。しかし、政治の世界をみれば、激動の予感です。建設業者の方と話をすれば、「ライオン宰相」が代われば景気はよくなると言っていたころが思い出されます。何人も変わりましたがそうはなりません。今また、与党まで代わろうとしているようです。建設業に携わるみなさんが、自分で道を切り開こうとしないで、相変わらず誰かが助けてくれるだろうと思っている限り、何回でも冬の時代は訪れます。思わぬ方向に行きそうなので、今回はこれまで。





2009年8月10日

台風8号、9号に関連して大雨が続いています。毎年のように土砂災害が起きますが、今年ももうすでに何人もの死者が出ていて、痛ましい限りです。社会資本整備の末端を担ってきた者としては、なぜこうも国土が脆弱なままなのかという思いがします。

私の若いころは、時間雨量が30oであると大変な大雨で、50oや80oなどは何年かに一回しか起こらないと言われていました。(時間50oは3年に一回であったようなかすかな記憶)累積で150oを越せば土砂災害の危険が大きいなどと言われていたものです。それが今では、毎年毎年100年に一度の大雨が降っています。

将来地球は温暖化するのか寒冷化するのか議論はありますが、少なくとも、私の家の庭でツマグロヒョウモンが毎年羽化するようになった事を考えれば、私の人生程度の尺度では温暖化しているのが事実であろうと思います。たとえそれが地球規模ではなくとも、今の議論には日本近傍の現象だけで足ります。温暖化は経済問題だという方がいますが、少なくともこの議論では正しいと思います。温暖化により海洋表面からの水の蒸発量が増え、台風は大型化し、雨量は多くなると、随分前から言われていたのではありませんか。

河川や下水道の計画は、こうした雨量などを勘案した確率式で計算されてその規模(大きさや処理能力)が決まります(実際はこんなに単純ではありませんが)から、その前提となる雨量などの出現頻度が変われば、それ以前の規模で造られたインフラでは追いつけません。いくら異常出水対策が叫ばれても、その根本的なところで能力が足りなくなってきているのですから、これは増強するしかありません。それなのに、そうした方向に知恵やマンパワーや予算を振り向けないで、CO2削減、低炭素社会の実現などと、あたかも人間が地球温暖化をすぐにでも抑え込めるような話ばかりをしていては、いつまでたっても社会資本の老朽化はもとより、能力不足は無くなりません。
いま、アセットマネジメントなどといって、老朽化のスピードを抑制しようという試みが行われつつあります。橋やトンネルではそれでよいでしょうが、下水道などにも適用するのはちょっとと思います。寿命が延びても処理能力は大きくならないからです。大きくするしかないのです。しかし、予算がないのだそうです。土砂災害であっても、危険個所であることは分かっていた、調査中であったと言われることが多くあります。これもつまり予算がないのだということです。

いま、選挙に向けてのマニフェストが続々と発表されています。しかし、社会資本整備・更新・増強についての内容が報道されたり討議されたりすることはまずありません。どうしたことなのでしょうか。いくら下水道を整備しても、来るべき超巨大地震によって破壊されるからムダと思っているのでしょうか。まさかそのようなことはないでしょうが。

この日本を将来どうするかという議論には、経済・教育・子育て・医療のことももちろん大切ですが、国土の安全という視点も必要ではないでしょうか。台風が一つや二つ来ただけで、何人もの死者がでるような国土では、それこそ安心して住むことはできません。これは、生活にとって景気回復と同じ程度に、いやそれ以上に重要な事ではないかと思うのです。災害が起きてからの災害復旧費としての予算化(災害復旧では旧に復するだけです)ではなく、計画的な国土インフラの再構築を考えたらどうでしょうか、政治家のみなさん。





2009年7月28日


梅雨末期の雨による災害が続いています。土砂災害は毎年繰り返し発生しているにもかかわらず、対策が進んでいるのかどうか、心もとない状況です。群馬県では竜巻もあったようです。土木は、復旧しかできないのでしょうか。

同じ日(7月27日18:30頃)、横浜では珍しい2重の虹が観測されたと報道されましたが、私の地元でも同じような現象があり、写真に撮ることができました。一挙公開します。(Google Earth より撮影位置。N:35°56′23.88″。E:140°00′52.20″。東の空)
2009年7月27日18:35 2重に見えます。 2009年7月27日18:35 まだ2重です。

2009年7月27日18:35 まだまだ2重です。 2009年7月27日18:36 外側が消えました。

2009年7月27日18:36 消えかかっています。

観測された時間から推測すると、同じ虹なのかもしれません。横浜税関からベイブリッジ方向は東となります。

前回の日食といい、このといい、自然現象がこのようなものなら楽しいのですが、どうもそれ以外で災害をもたらす方が多いのは困ったものです。






2009年7月20日

皆既日食が近づいてきました。「
日本の陸地に限ると、皆既日食が観察できるのは1963年7月21日の北海道東部で見られた皆既日食以来、実に46年ぶりです。次回も2035年9月2日の北陸・北関東などで見られる皆既日食まで26年間起こりません。」と、「国立天文台」のページに書いてあります。

もっとも、2012年5月21日には金環食が日本の陸地で観測できます。厳密には金環食と皆既日食とでは違うのでしょうが、私たちにとってはどちらも素晴らしい日食です。
しかしどうも本州では天候が良くなく、太陽が出るような空模様ではないようです。日本気象協会のページでは無情な絵が並んでいます。もっとも、次の日になると晴れますから、少しずれてくれると案外よいのかもしれないなどと思ったりもしますが。
太陽黒点の数が少なく、地球温暖化どころか寒冷化がやってくるというような説が最近でもありますから、そのためにも皆既日食観測は重要なようです。科学的な内容はこちらのページをご覧ください。

さて、あることで明治の色々な文献を読んでいた時、たまたま「明治廿九年八月九日皆既日食観測ニ関スル注意」(東京天文台、明29.7)なる本を見つけました。「明治廿九年八月九日皆既日食観測者心得」(中央気象台、明29.7)もあります。いずれも11〜12ページの小冊子です。
試みに「注意」の方を見ると以下のようにあります(漢字は適宜置き換えてあります)。
明治廿九年八月九日午後北海道ノ北東部ハ皆既日食ノ経路ニ当ルヲ以テ此地方ニ居住スルモノハ本誌ノ示教スル所ニヨリ有益ノ観測ヲ為スコトヲ得ベシ此観測ハ敢テ難事ニアラズ只多少ノ準備ヲ為セバ殆ト器械ヲ用ヒズシテ実行スルヲ得ベシ
そして、コロナ観測のための【
油煙硝子】の造り方などが載っています。
どうも此の時の観測とは、普段見えないコロナの形状を観測してスケッチすることのようです。

私が小学生であった頃の日食観測では、ろうそくの煤で硝子板を黒くして行った記憶があります。当時私は天文少年でしたが、どちらかというと観測という地味な作業は興味がなく、SF天文少年だったようです。大人になってからは、電気溶接の遮光板が役に立ちました。先の「国立天文台」のページを読むと、専用の日食グラスや遮光板を使うという注意書きがありますが、それよりも間接的な観測(ピンホール利用、木漏れ日を見る、手鏡で映す)がよいようです。写真のフィルムなどはよくないとあります。

また、別のとき少しネットを検索していたら、「館林における明治20年の皆既日食記録」というページがありました。これは、「国立天文台」のこのページにも詳しく紹介されています。今、「理科年表」が手元にないので、これが最古の日食観測記録かどうかはわからないのですが、同時代文献としては先の「明治29年」以外は見つけられませんでした。

「まいど1号」の成功(このほどサポーターの一人である私にも解散の知らせが来ました)、若田さんによる「きぼう」の完成(帰還スペースシャトルの、耐熱タイルの衝突被害は心配ですが)、そして国際生物学オリンピックの高校生たちの快挙
少しでも夢と希望の見える事を、これからも見ていこうと思います。社会のマイナス面に目をつむってはいけませんから、当然同時にですが。

技術士2次試験受験者の皆さん、間もなくです。体調に留意されて、平常心で臨みましょう。





2009年7月5日


一級土木施工管理技士の学科試験が本日行われます。
主催者である財団法人全国建設研修センターのホームページには、【重要なお知らせ】として【新型インフルエンザ流行に伴う1級土木施工管理技術検定試験の実施について】という文書が掲載されています。
2009年5月24日の本欄で、測量士・同補試験の際の会場変更について書きましたが、一級土施工の場合は、そうしたことにはなっていないようです。しかし、今度は受験生がマスク着用していた場合、本人確認ができないので、マスクを外してもらうなどの注意が喚起されています。これは、例の替え玉受験の対策で、本人確認の流れの中にあることなのでしょうが、なんとも悩ましい事態になったものです。タミフル耐性ウイルスが確認された、ワクチンの製造能力が当初見込みよりもだいぶ少ないなどの報道もあります。推移を見守るしかないとはいえ、現在はWHOによる「フェーズ6」段階で、世界的大流行(パンデミック)の真っただ中であることを考えれば、この日本では少し警戒心が緩んできたような印象を受けるのは気がかりです。

技術士試験日まで1カ月を切り、10月には一級土木施工管理技士の実地、二級土木施工管理技士の試験もあります。11月8日にはRCCMの試験もありますが、ここでもアナウンスはありません。これも先に書いたように問題は冬の技術士口頭試験時ですが、今のところ日本技術士会のサイトには、新型インフルエンザに関するアナウンスは無いようです。しかし、筆記試験の会場に、早稲田大学がないし(昨年までは確かあったような)、同大では最新で6月20日に「新型インフルエンザに関する6月20日(土)以降の本学の対応について【重要】」というお知らせがありますから、何らかの考慮が働いたのかもしれません。

しかしまあ、多数の受験者という観点では、漢検がすでに行われていて、「6/21(日)検定 無事に終了いたしました。」などという報告があります。もっともこれは、インフルエンザとは全く関係のない内容ですが。そして、このサイトにも新型インフルエンザに関するアナウンスは見当たりません。

こうしてみると、財団法人全国建設研修センターのアナウンスが突出しているのかもしれません。全ての資格試験について調べたわけではないので、それがどうしたということはできませんが。

私の住む守谷市でも感染者が2人確認されていて、一時は公民館まつりが中止になったりしましたが、今ではほぼ忘れたような雰囲気です。とはいっても、市のホームページには刻々と情報がアップされていますから、気は抜けないのです。
というのは、わが町内では、恒例として学校が夏休みに入ったか入る直近の土曜日に夏祭りを行う事になっていますので、もう間もなくなのです。市の対応に合わせて、中止の判断は無いと思いますが、生来の心配性ですから、なんとなく気がかりが残ります。






2009年6月26日

私は日本技術士会のCPD認定会員です。CPDについては、色々な学協会が行っていますが、私の場合分散して登録することは何のメリットもないので、日本技術士会に統一しています。
現役の建設会社の社員であれば、社団法人全国土木施工管理技士会連合会のCPDSの方がずっとメリットがあります。私も技士会会員ですが、メリットのある立場ではないので、こちらには参加していません。同様の意味で、土木学会地盤工学会のCPD、日本労働安全衛生コンサルタント会CPDにも参加していません。ISO関係資格は返上(自然消滅)したので当然参加していません。建設系CPD協議会という横断的なサイトもあります。

私はAPEC技術者ではないので、登録義務はありませんから、考えてみれば、何のメリットもないのです。会員証の色などは、運転免許証の色ほどの効力もありません。(親しくしていただいているある方が、最近できた大きなお店の会員になることを勧められ、ふと考えて、身分証として運転免許証の代わりに技術士証を提示したら、顔写真が付いているにもかかわらず、身分証としての使用を断られたと言っていました。ことほど左様に、技術士の社会的認知度は低いというかゼロに近いのです)

というわけで、日本技術士会一本ですから、自己管理も楽です。
このほど、初めて日本技術士会のCPD会員に関して監査があり、同会のサイトにその結果が報告されています。10%の抜き取り監査なので、今回は私は(幸か不幸か)当たりませんでした。(こういうものは最初に当たってしまった方がよいのは、経験的に感じています。町内会役員や裁判員などです。各種試験にしても、制度の変わり年はやさしいようです。なかなかそうはいきませんが)資料についてどのぐらい保管しておけばよいのか、今一つ分からないので、最初に当たればよかったのにと思っていました。最初は監査委員も手探りでしょうから。という甘い考えはさておき、色々参考になる報告書です。

まず、「技術士CPDガイドブック第5版」に従っていないといけないことがあります。重み係数がこの版から整数(1,2,3等)になったことは知りませんでした(登録画面では1.5なども入力できますから、これを変えていただかないといけないですね)。また、大学における非常勤講師もCPDとは認められないことも知りませんでした。さらに、技術士の受験指導も第5版からは認められなくなったということです。これらはうかつにも第5版を読んでいなかったので知らなくて当然です。さっそく購入すべく申し込みをしました。

報告書で面白かった(失礼。興味がわいた)のは、「○○堂参拝登山(住職の説明を含む)だけでは、何がCPDに該当するか分かりません。」という指摘があったことです。
色々想像できます。書いたご本人にとっては、ご住職のお話を聞いただけでも立派な自己「研鑚」であったと感じられたのでしょう。指摘でも、「これは不適合」とは言っていません。「CPDの課題とその区分」のどれに当たるかが分からないから、もっとはっきり記録しておきなさい、というのでしょう。念のために「CPDの課題とその区分」を見てみましたが、これは難しいですね。一応「1.倫理」か「11.その他」かと思ってみたりしましたが、お話(お説教?)の内容がなければ区分は無理です。正しい指摘です。

また、公的資格取得について、「RCCM資格の取得は一次試験レベル(10時間)と考えられます。VEリーダー、個人情報保護士、コンクリート診断士、品質確保技術者等も同様」とされています。世間一般はどうかわかりませんが、技術士会としては、これが見解なのだと分かります。私は「品質確保技術者」なので、さっそく見直してみましたら、少しオーバー気味な評価をしていました。こうした場合、過去にさかのぼって修正は可能なのですが、認定結果への反映はどうなるのか、今一つ不明ですね。しかし構わず修正してしまいました。これから第5版に適合するよう皆見直しです。といっても第5版は平成20年度からですから、1年分です。さあ、来年度は当たるでしょうか。

追伸:残念ながら先のキャベツは二つとも死んでしまいました。今度は、地植えにする時期をよく考えてみようと思います。






2009年6月15日

本日は植物の実験です。小学生のみなさん、夏休みの宿題に最適ですよ。

(1) スーパーまたは八百屋さんからキャベツを買ってきます。野菜の摂り方が少ないといけないので、葉はもちろん食べます。この際、芯のところを残して、根のほうを水に浸けておきます。写真1はそうして少したった時の様子です。
キャベツの芯
写真1 キャベツの芯

(2) 5日ほど間隔の開いたものを、比較のために並べてみました(写真2)。このように葉が育ってきますし、根も生えてきます。そこで、水栽培では大きくならないと思いますので、写真3のように土に植え付けます。
葉が育ってきました 土に植えました
写真2 葉が育ってきました。 写真3 土に植えました。

(3) すくすくと成長しています(写真4)。葉が広がってから中央に結実するのが待ち遠しいです。ところがある日、何者かが葉を写真5のように全部食べてしまいました。キャベツですから、モンシロチョウかと思いますが、もしかするとナメクジやカタツムリかもしれません。
成長しています 誰かに食べられてしまいました
写真4 成長しています。 写真5 誰かに食べられてしまいました。

ということで、今回の実験はとりあえず失敗しました。
しかし、写真5のまま置いてありますので(キャベツが死んだわけではない)また成長を開始するかもしれません。ちなみに、写真1撮影が5月10日、写真5撮影が6月15日です。

理科教育支援が行われています。技術士会も力を入れています。科学者より技術士のほうが、より身近に科学を応用しているからでしょう。しかし、その性格上スポット的な授業で理科の面白さを、となっていますから、どうしてもいわゆる「面白実験」が幅を利かせています。

本来自然科学は、長い観察によって法則性を見つける(ケプラーの法則とティコ・ブラーエの観測記録の関係を思い浮かべよう)ことから生まれてきたものですから、自然を観察する、一時ではなく長く観察することの大切さを何とかして教えなければなりません。私が小学生の時は、宿題は観察記録(植物の成長、蝉の脱皮など)が多かったように感じていましたが、今ははたしてどうなのでしょうか。

今回の観察でいえば、ナメクジやカタツムリなどの出現は完全に予測できたはずであるのに、キャベツの結実の利益に目がくらんで(1個の値段で2個またはそれ以上手に入る)忘れてしまったということまで、体験の記憶に残るでしょう。こうした雑念まで含んだ面白さを、どのようにして授業で伝えるか、そこの研究がまだできていないのではないでしょうか。

とまあ、私はまだ理科教育支援授業を体験したことがないので、単なる妄想にすぎないのであればよいと思います。




2009年6月8日

毎年恒例になった我が家のアゲハ蝶ですが、幼虫の数が年々少なくなっているような気がします。
今年は、写真1ぐらいの大きさのときは10匹くらいいたのですが、今では巨大な1匹だけになってしまいました。ということで、はたしてアゲハ蝶になるところを観察できるかどうか分かりませんから、幼虫の変遷を先に記録しておきます。
こうした写真が苦手な方は、今回は見るのをパスしてください。
5月12日 5月25日
写真1 5月12日 写真2 5月25日
アゲハ蝶に関する詳しいホームページはたくさんあるので、勉強する場合はそちらを探してください。
私は何年見ていても進歩しない、単なる野次馬のようなものです。
6月1日 6月3日華麗に変身
写真3 6月1日 写真4 6月3日華麗に変身
最後に直近の姿です。
6月6日
写真5 6月6日

※6月10日追記。今朝見たらいませんでした。どこかでさなぎになっているのでしょう。





2009年5月24日

本日24日は「測量士」と「測量士補」の試験日です。長年変わらなかった試験科目が、今年から変わって、このようになりました(国土地理院のページ)
「測量に関する法規及びこれに関連する国際条約」「地理情報システム 」「汎地球測位システム測量」などが新しい科目です。どのような問題になるのか注目ですが、試験というものは制度変わりの最初は比較的やさしいのが常なので、基本的な知識で解けるものであろうかと思います。

それも重大ですが、より受験生にとって身近な緊急を要する問題は、大阪府試験会場の変更です。新型インフルエンザのため、会場となる大学が閉鎖され、急きょ変更となったのです(国土地理院のページ)
2,055名の方への連絡はうまくいったのか、気になるところです。

実はこの22日、監理技術者講習会の講師として東京に行って来ました。
前日に、それまで意識していなかったのですが、あるドラッグストアに行きましたところマスクが売り切れていました。これはと思い、私も暇人であるなと感じながら、市内と近隣のドラッグストア5か所ほど回ってみました。どこも見事にマスク売り切れ、入荷未定でした。大きな総合病院の売店にもありませんでした。
さてそこで、東京に行く電車の中です。守谷から「つくばエクスプレス」6:40発に乗りました(平日に東京に行くのは久しぶりなので、だいぶ早めに乗りました)。車内座席は満員で、立っている方もかなりいましたが、ほとんどの方はマスクをされていません。あのマスクはだれが買ったのかといぶかりながら東京駅です。駅の構内では少し目立ちましたが、それでも10%以下です。講習会場は八丁堀なので、東京駅から歩きました。8時前ですが、かなりの人が歩いて職場に向かっています。この人々はほとんどマスクなしです。

新聞その他の報道によると、世界的に見てマスクをこれだけ着けているのはたいてい日本人で、たとえばアメリカでは、マスクを着けていることは「私は感染者だから近寄らないでください」というサインであるそうです。私も、できればマスクなしで暮らしたいのですが、60歳以上で発症しなくても(何らかの免疫があるようだという報道がありますが)感染者になることはあるわけで、飛沫感染が主体ですから、マスクは有効な道具とは考えていました。

ですから、私の近隣ドラッグストアから消えたマスクは、一体どこに行ったのだろうかと思ったわけです。私の住んでいる守谷市や、お隣の取手市などは、住まいする多くの方が東京方面に通勤されていますから、もう少し車内でも多いかと思ったのですが。

これから梅雨になれば、湿気を嫌うウイルスは活動を下火にするでしょうが、7月5日には1級土木施工管理技士試験があります。この時も今回と同じような状況であれば、かなりの混乱があるのではないかと思います。また、一度流行したウイルスは、この先何年も続くと思ったほうがよいわけで、私の関係する試験だけでも、8月1日2日の技術士2次筆記試験、10月4日の1級土木施工管理技士試験実地試験、10月12日の技術士1次試験、10月25日の2級土木施工管理技士試験と続きます。その間には、大勢の人が集まる監理技術者講習会も、CPDS関係講習会もあります。

極め付きは(不謹慎ですが)平成21年12月上旬〜平成22年1月下旬に行われるとされている技術士2次試験の口頭試験です。会場の問題もありますが、受験者が感染して発熱していても、欠席の決断をすることはかなりの勇気が要ります。現在は弱毒性といわれていますから、体力で乗り切れそうですが、それが続くとある日突然強毒性に変異するなんということにならないでしょうか、と、心配性の私は考えてしまいます。シマックのSF『気で病む男』みたいですが。
毎年続くのは願い下げにしたいが、これも変な話ですが(ウイルスは小さいのに)大自然の一つの営みでしょうか。




2009年5月11日

私の今の「所属」であり、このサイトの運営主体である
有限会社水野テクノリサーチは、昨日5月10日をもって創立以来満10年を経過しました。これまでにお会いしたり、お仕事をさせていただいたり、E-Mailだけでもお付き合いいただいたり、また、このサイトをご覧になられていたりするすべての方々にお礼申し上げます。皆様のおかげで、思いもかけず10年という節目を迎えることができました。家族もよく付き合ってくれました。昨日10日は仕事で東京に行っていましたが、帰ってきたらお赤飯がありました。感謝です。
この機会に、何かイベントを計画とも思ったのですが、この欄が最もふさわしいと(勝手に)考えて、ここでお礼と感想を述べるにとどめることにしました。

10年は、言い古された表現ですが、長いようであり短い様でありました。しかし、私のフィールドである土木の世界は、この10年何をしていたのか全く変わっていないような気がします。「黒部の太陽」リメイクが何を訴えたかったのかや、某建設会社の政治資金問題などを考えると、10年前どころか、何十年もそのままで、土木の世界は化石化していきそうです。

10年前、リストラの風が(嵐と言いたいのですが、今と比べると単なる風です)吹き、多くの同僚が新天地に転身していきました。私も、同様にと考えました。気が付いてみると30年も一つの会社にいて、一つの世界のことしかしなかったわけで、これは長すぎると考えたわけです。不器用なため、フィールドまで変えることはできませんでしたが、出来ればまったく違った世界に行きたいと思いました。経験の世界が狭いということは、経験の深さが深いということを意味しないことを、その時つくづくと感じました。
社名にはその思いを(少しだけ)込めたのですが、残念ながら今までは実現はできませんでした。最初はCMや安全管理などフィールドの中心近く、その後は経営や発注者業務など、半歩ぐらい足を踏み出し、近年は講師などまできました。ずいぶんいろいろなことをやったようです。しかし、今でも、土木のメインである施工管理や設計自体とは遠いところにいますが、土木というフィールドの端っこに踏みとどまっています。他の世界でもそうなのかもしれませんが、30年土木屋でいた、もっといえば土木の学校を出たということは、こんなにも転身に対する壁になるとは、こうなってみないとわかりませんでした。
今でも聞かれます、「どちらのご出身ですか?」。10年たっても、もといた会社の名前を紹介しないと納得していただけない場面です。逆に、それだけこの10年では、何もしなかったということかもしれませんが。

なんだか愚痴っぽくなりそうなので、そして、この欄では愚痴がよく似合うので、これを機会にもう思い出すのはやめようと思いますが、次の10年は少しずつフィールドの境を乗り越えようかと思います。乗り越えるという表現は壁の様で、よじ登らなければならないかもしれませんので、自分の感じとしては、するっと潜り抜けるような具合に行けたらいいな、と思います。まだ前期高齢者にもなっていないのですが、よじ登ったり飛び越えたりするのはちょっと無理でしょうから。

その先のフィールドは何かといえば、具体的にはイメージできていません。もといた会社の名前を紹介して、そのイメージで自分が測られる世界ではない世界がいいな、とは、思っています。
有限会社水野テクノリサーチは、私一人しかいませんから、究極のワンマン会社です。私が会社で会社が私です(今でもそのようなことを言っているサラリーマンがいるようですが、ここでの意味と全く異なることはお分かりいただけると思います)。私がフィールドを変えれば会社も定款を変えねばならないでしょう。今のところそうなっていませんが、早く変えたいな(または追加したいな)とは思います。株主も反対はしないでしょう。私だけですから。

では皆様、本日からの10年も今まで同様ごひいきにお願いいたします。会社が存続するかどうかはわかりませんが、私は存続するつもりですので。フィールドが変わった後までは考えないとおっしゃるかもしれませんが、どのように変わってもこの欄は継続の考えです。




2009年5月4日

連休ですが、出かけないで講演テキストの原稿執筆などをしています。クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」の公開はまだだし。とはいっても、自転車で走るくらいはしていますから、少し良い写真が取れました。今回は写真だけです。

鯉のぼりと筑波山
鯉のぼりと筑波山

つくばみらい市の小目沼橋です。遠くの四角は守谷市の高層マンションです。 小貝川に架かる今では珍しい木造の潜水橋です。
つくばみらい市の小目沼橋です。遠くの四角は守谷市の高層マンションです。 小貝川に架かる今では珍しい木造の潜水橋です。






2009年4月21日

最近、といってもここ何年かのいろいろな年代にまつわる社会の動きを見ていると、はたしてこれでよいのだろうかと思うことが多くあります。以下、感じた事を順不同に書いてみます。

(1)医療や年金の事。
少し前「後期高齢者医療制度」に猛反発がありました。私もまだその年齢ではありませんが、気になって町内の公民館で行われた説明会を聞きに行ったことがあります。昨年のことです。
新聞などの情報では、この仕組みは、高齢化社会となって高齢者医療費が増加するが、それをすべて若い人(現役世代)の負担にしていては、若い人がとても持たない。切り離さなければ、保険制度自体が行き詰る、多少とも高齢者自身に負担してもらおう、というのが趣旨と思われました。
私は、名称が不適切とは思いもよらず、概ねの賛意を持っていました。ところが、あにはからんや、あのマスコミをあげての反発です。つまりこれは、若い人が負担するのを続けろというのかと私は受け取りました。だれも姥捨て山だなどとは言っていないのに、政党までもそう主張しました。
年金の事までは書けなくなりましたが、同じようなことです。若い人が同時代の年寄りを支えるという仕組みの矛盾です。どうしても日本の社会では、年寄りの発言力が大きいので、このようになってしまいます。

(2)10年辛抱しろ発言。
経済団体の偉い人が、若い者は10年辛抱しろというような発言をしました。今の若い人の上には、団塊世代(この人たちはそろそろ現役ではなくなるかと思っていましたら、定年延長でもう少し現役のようです)や、団塊ジュニア世代が頭の上にいて、言われなくても辛抱せざるを得ません。何故辛抱しなくてはいけないか、そこの所がよくわかりませんから、これも年寄りたちが、自分の席を若い者には譲らないぞ、という宣言であったのかと思いました。
10年辛抱したって、良くなるかどうか判りません。日本は長期停滞型社会に入り込んだという説もありますよ。
アメリカ・テキサス大学の柳沢教授は「一流目指すなら早く独立を」とおっしゃっています(
「若くしてアイデアを出しても、教授になるまで十年も人の下で働いたら、自分の仕事は出来ない。一流を目指すのなら、若手研究者は早く独立してほしい」「日経」4月20日「独創性と探究心」研究者だけではないでしょうね)。
派遣切りで派遣宿を提供することなどは、なんだか一時しのぎの方が優先するだけで、根本的解決は置き去りのような感じです。

(3)老人向きの社会を構築せよという意見。
読売新聞4月19日の連載「長寿革命」は「高齢者仕様の社会に」という見出しでした。建設の世界でも「バリアフリー」という語が聞かれます。「バリアフリー」は何もお年寄りだけが対象ではないのですが、「高齢者仕様」としての理解の方が進んでいるようです。これらが、ハードを意味するなら何も異議はないのです。社会がすべて、ハードもソフトも高齢者仕様になれば、人口比でいえば多数の幸福に結び付くのでしょうけれど、それでは「若者仕様」はどうなるのでしょうか。少子高齢化の「少子化」は置き去りですか。
就職難での「圧迫面接」で、年よりの若者「いじめ」だという面まで出てきています。「若者仕様」の社会こそが、これからの社会にならなければならないのではないでしょうか。

このようにいろいろな側面から「少子「高齢化」社会」(75歳以上人口が14歳以下人口を上回る県が、2007年6県で2008年は12県だそうです。しかも、40道府県で人口減です。「日経」4月17日記事)を眺めてみると、つくづく日本は、これまでも今もこれからも(これからはもっと)年寄りが幅を利かす社会であるのだな、と感じます。
日本の社会は、既得権が幅を利かす(前例、実績がなければいけない)社会なので、あたりまえでしょうが、その年よりの仲間入りを控えて、そんな中には入りたくないな、と思います。そう思ったところで、若者は仲間に入れてはくれないでしょうから(なぜなら、こうした社会を作ってきてしまったのは私たちなのだからネ)、これはどうすればよいのでしょうか。
別に、若者が幅を利かし、年寄りが虐げられる社会を作ろうというわけでは決してないのです。しかし、なんだか、世の中の流れが一方向だけだなと思っているだけです。





2009年4月10日

季節は春、入学や入社のシーズンですが、もうひとつ花見真っ盛りということで、本欄でもお花見です。

さくらの杜公園
住まいの近くの公園はその名の通り桜がメインです。平日でしたが、何組かのグループがお花見の最中でした。
私も、あるグループの有志で花とお酒と料理を堪能してきました。準備をしてくださった方が、実に手際よく、何もしないですんでしまいました。感謝。



「日経コンストラクション」が創刊20周年記念特集をしています(4月10日号)。私は創刊前(0号と言ったと思いますが)からの読者であるので、その特集の題が「土木復権」であるとは、何とも言いようのない気持ちです。この20年は何であったのか、という思いです。
この欄では、今まで建設界の「惨状」を取上げた雑誌の特集を何回か紹介しました。ということは、変わろうとしながら、なかなか変われないでいる「土木」を表わしているのだと思いますが、「復権」しなければならないような事態にまでなっているのだと、これまた改めて思います。

今まで巻頭にあった読者からの投書欄が巻末に行っていました。気になる意見がありましたので、上のことと関連させて感想を述べてみます。(本来、反論であれば同じ欄に投稿すればよいのですが、今はそのような気持ちになれないので、自陣内で行います)

「施工者の積極性奪う一般競争入札」(匿名希望、48、地方自治体勤務)というご意見では、
「一般競争入札で工事を受注した施工会社は、指名競争入札で受注した会社よりも技術力が劣る場合が多い。」とされています。
その理由は、指名競争入札で落札した施工者が「契約範囲以外で壊れた個所を見つけたら教えてくれて、ついでに直してくれた」ことであり、「発注者は人手不足で悩んでいて、このように」されることはありがたい、というものです。
つまり、私の理解でいえば、契約以外の事をやってくれる会社が技術力に優れているということになります。発注者が人手不足だから、無償でその手助けをしてくれた会社が、技術力に優れた会社だ、ということになります。


このように発注者が自ら契約の甲乙対等を否定し、その上、知恵や労力の無償での提供が技術力の判断基準とされたのでは、施工者はそれこそ20年以上前の「官に誤謬なし」の時代に逆戻りです。

一体全体、発注者の本音は今でもここにあるのでしょうか。特集とこの投稿とは無関係だとしても、同じ号に載るとは暗澹たる「復権」ではないでしょうか。







2009年3月29日

私の趣味のサイトでちょっと紹介したことがありますが、お隣の取手市には「埋蔵文化財センター」という施設があって、狭いのですが、時に埋蔵文化財に限らないユニークな展示を行うことがあります。
今行われている第25回企画展 「
幕末・明治維新期の取手」(2月16日(月)〜4月19日(日))もそうで、偽官軍の汚名を着せられた相楽総三が、取手ゆかりの人物であることなどが紹介されています。なかなか興味深く見せてもらいました。

今回は、その内容ではなく、施設にある展示物の中で面白いものを見ましたので、写真でのご紹介です。

何やら小さな豚が大勢(?)入口に向かって走っている様子です。これは取手市にある東京芸術大学の卒業生の作品で、取手市長賞を受賞された「87」という作品です(作者:本山ひろ子さん)。センターの入口の脇には大きなガラス窓があるのですが、その中にも大勢いて、外を並んで眺めています。
さて、その作品名「87」について、外にある銘板には何もありませんが、建物の中にある同じ銘板には、下のように後で貼り付けたようなカッコ書きがあります。
87→ハナ→鼻、というような具合でしょうか。

こうした作品命名の仕方が流行ってるのかどうか判りません。この写真を撮影したのは、3月12日ですが、3月15日まで「茨城県つくば美術館」で開催されていた「極美つくば展」を見に行ったとき、「64」という題名の絵がありました。ご想像の通り葉っぱの絵でした。偶然なのでしょうか。

本日はこれまで。




2009年3月20日

ものの壊れ方−巨大災害の破壊力−」(CEJものの壊れ方研究会・編 日本理工出版会 2008年)という本があります。

まず、数奇な運命から。
この本は2007年11月17日に山海堂から出版されました。山海堂は土木屋にとってはおなじみで、明治29年に創業された古い出版社でしたが、以前この欄でも取り上げたように、2007年12月3日、全従業員に解雇と会社の解散を通告して事実上倒産しました。
したがって、その時点で入手不可能になっていたのですが、私の持っていいるものは、2008年4月になって、改めて日本理工出版会から出版されたものです。編者のCEJというのは、この山海堂から出されていた「
土木施工」という雑誌(今ではインデックス出版というところから復刊されています)の編集に携わっていたメンバー有志が「Civil Engineering Journal」というシリーズを発行するため株式会社CEJという団体をつくり、その名からきているようです。この出版社からは「土木の新時代」という本が「シビルエンジニアリングジャーナル・シリーズ1」として出ています。どのような理由で山海堂の遺産が二通りに分かれたのか知りませんが、私としては双方読んでみた結果CEJのほうに親近感を持ちました。

さて、「
ものの壊れ方−巨大災害の破壊力−」です。
内容目次は株式会社日本理工出版会の新刊→目次と辿ってみていただければよくわかります。(アマゾン書店では山海堂のままのページもあるようです。お間違いなきよう)
要するに、巨大地震などが構造物に働いたとき、どのように破壊されていくかを事例研究の形で集め、解説したものです。これはこれで面白いのですが、なぜこの本を私が購入したかということに今回は触れてみようと思います。
その前に、不満を一つ。「トンネル」の事例がありますが、これは山岳トンネルだけの例で、シールドトンネルの例はありません。地震で破壊された例がないのだから仕方がありません。でも、想像でよいから触れてほしかったな、と思います。

さてさて、なぜ、壊れ方に興味をもったか。
私は、あまり出席率がよくないのですが、某メンテナンスビジネス研究会に参加していました。非破壊検査など、メンテナンスに必要な技術を開発して、これからの大量更新時代に備えようという趣旨です。今年度は終わりましたが、いろいろな事例を見聞きしていて疑問を感じました。土木構造物の事例に限ってその疑問を以下にまとめます。
【疑問その1】
非破壊検査技術には、鉄筋の位置をコンクリートを破壊しないで探ったり、地中埋設管を掘削しないで探ったりする技術があります。竣工図が残されていなかったり、残っていても不完全なものがあるため、こうした技術が必要になります。
そこで、施工履歴がきちんと取られるようになれば必要ないという意見が出されました。私は、よく考えてみると、これは間違いであると思います。施工履歴は、たとえばコンクリート打設中に動いた鉄筋を記録してはいません。今、必要と思って記録した項目が、将来も必要であるとは限りません。むしろ、将来、今は気がつかなかったため記録されなかった事項が必要になる可能性の方が高いと考えられます。
そこで【疑問その1】です。このような主張をする方は、現在技術が万能であると、考えているのではないか。技術は進歩して、今は全く気付いていないことが将来起きる可能性があるこを、自分の技術力の中から排除してしまっているのではないか。
これはゆゆしき問題で、今の技術、自分の今の技術力を、もっと柔軟なものとしてとらえておかないと、アスベストやダイオキシンのような事態に将来対応(今、この二つの物質だけでも、対応するために膨大な労力が必要となっている)出来なくなる、または、今と同じような繰り返しが起きることを意味します。
ビジネスだけを考えれば、それはそれで新しい世界なのでしょうが、基本的に、たとえばアスベストを使わず、ダイオキシンを発生させなければ現れなくてよかったビジネスです。非破壊検査技術を、必要ないと言ってやめてしまった場合、完璧に対応できるという担保はどこにあるのかわかりません。
【疑問その2】
そもそも、メンテナンス技術を適用するに値するほどの情報量を、私たちは土木構造物の「ライフサイクル」について、持っているのか、というのが2番目です。
人間でいえば、何歳で学校に入学するからそのときいくらかかる、ということがわかるので、そうしたことがわからないでいて橋の「ライフサイクルコスト」はわからないだろうな、というわけです。
人間の平均余命は何歳だ、などと言いますが、これこれの大きさ、構造の橋の平均余命は何年だという知見は、持ち合わせていないと思います。生まれて如何に健康に育っても、人間は年齢を重ねれば老化していきます。土木構造物も物質ですから、老化するでしょう。しかし、人間ほど、その過程はわかっていないのではないでしょうか。
橋はどうやって老いていくのか。まさか、ある日突然老化して破壊するわけではないでしょう。つまり、今の「メンテナンス技術」は、壊れたら直す方式で、どのように使えばどのくらい持つという観点からの技術ではないということです。
土木構造物標準の一生はどのようなものか、また、そうした概念が作れるのか、これが【疑問その2】でした。

上の疑問を考えていて、つい書名にひかれて早合点して購入したのが、実は冒頭の書籍でした。巨大災害などは、人間でいえば交通事故にあったようなものです。人の一生にはいろいろなことがあるように、土木構造物にも使用していればいろいろなことがあるでしょう。それによっては、想定の寿命を全うできないことが起こるかもしれません。しかし第一、想定する寿命というのがはっきりしないではありませんか。鋼の橋は寿命何年?コンクリートの橋は?トンネルは?そうしたことをはっきりと知らないでメンテナンス技術を確立しようとすることは、それこそ闇夜に鉄砲ではないか。

妄想ですかね。







2009年3月7日

昨日は技術士2次試験の合格発表がありました。合格された方おめでとうございます。残念ながら口頭試験で不合格となった方、捲土重来を期しましょう。

私も少しだけ受験者のお手伝いをしているので、当日の朝は毎年技術士会やら文部科学省やら官報のページやらを見ています。昨年まではアクセスが集中してなかなかつながらなかったものですが、今年はすぐにみることができました。技術士会と文部科学省では受験番号だけなので、私がお手伝いした方のように氏名だけではわかりませんから、官報をみます。新聞では、私の購読しているものには載らなくなりました。同姓同名であると困りますから、知っていてもこちらから連絡はしませんが、複数の方が見つかりました。よかったと思います。

さて、技術士試験は、技術士の数を増やすことを考えて制度の改正をしたはずでした。その狙いは達成できているのでしょうか。
下の図は、日本技術士会のサイトにある「統計」から拾ってきた数字で描いた「合格率推移」です。全部門平均と建設部門を同時に載せています。全体の傾向として、合格率が右肩下がりであることが一目瞭然です。ここ3年ぐらいは横ばいととれなくもないですが、なかなか増えてはいないのかもしれません。
しかし、こう考えればどうか。私が最初に合格したころのようなずっと以前は、合格者の平均年齢が高かった(たいてい定年が視野に入ってきての受験)から、技術士でいる期間が少なかった。今では合格者の平均年齢が下がっているから、技術士でいる期間が長い。結果として技術士の数が増えていく。はたしてそう言えるかどうかはわかりません。それではということで、合格者の平均年齢を拾ってみたのが次の図です。
確かに下がっています。

もうひとつ公開資料を見てみます。日本技術士会の「平成19年度事業報告書」がインターネット上にありますが、その附表32は平成20年3月末現在の「技術士登録者数の技術部門別一覧」です。
平成20年度の事業報告はまだない(総会は12日です)ので、これを見ると、全登録者数は61,794名です。前年より1,260名増加しています。しかし、消除者は77名増えています。2年間だけで結論は出ませんが、大まかには、増えてはいるが、過去に登録した方々がお亡くなりになったりして今後とも消除者も増えるであろう。だからもっと合格者平均年齢が若くならなければ、微増にとどまるのではないか、と言えるのではないでしょうか。

それにしても、建設部門の合格率は、ずっと平均を下回っているのですね。残念。

勝敗は兵家も期すべからず
羞を包み恥を忍ぶはこれ男児
江東の子弟才俊多し
捲土重来いまだ知るべからず

杜牧「烏江亭に題す」



2009年2月26日

2月17日から20日まで4回、日本経済新聞首都圏経済・茨城欄に「
老いる都市」という連載がありました。見出しを並べてみると以下のようです。
1回目【
都心に「限界団地」-孤独死 取り組み入口
2回目【
あふれる「介護難民」-安住の地、施設・在宅外に
3回目【
車が渡れない橋-インフラ延命 待ったなし
4回目【
道路吸い込む下水管-突然の落とし穴 年4700ヵ所
1〜2回目は、私の歳になるととても重要ですが、この際話題としては我慢し、いずれ他の機会に取り上げます。土木屋のはしくれとして3回目4回目はかなり見逃すことのできない内容だと思いますので、紹介を兼ねて話題とします。

3回目【
車が渡れない橋-インフラ延命 待ったなし】の内容はインフラの老朽化です。
1973年に完成した千葉県君津市の君津新橋が、鋼材破断のため車が通れないという導入から始まって、自治体が管理する長さ15m以上の橋134,410箇所のうち点検を実施しているのが4割、うち977か所では問題が見つかり規制をしていることが紹介されています。
4回目【
道路吸い込む下水管-突然の落とし穴 年4700ヵ所】の内容も同じようなインフラの老朽化ですが、こちらは普段は目に見えない下水道管渠の事例です。
眼に見えたほうが否応なしの対策が行われやすいでしょうけれど、眼に見えないと更新投資の理解が得にくいことを言っています。「
首長や議員にとって、普及率を向上させれば自分の手柄になるが、維持補修費を削減しても、すぐには影響が表れない」から、財政難の折、そのほうに向い、結果として「突然の落とし穴」となるのだという記事です。「国土交通省によれば2029年度には更新投資だけで、今の下水道予算を超えてしまうという。」ともあります。

結論として、「
人の高齢化とインフラの老朽化。都市はこれまで経験したことのない二つの問題への回答を迫られる。」とこの連載は結ばれています。

土木技術者であればこれらはすでに周知の問題で、もう何年も前からアセットマネジメントの必要性の根拠に語られてきた事項ばかりです。それであるのにもかかわらず、明確に対策に舵を切ったとは言えない状況が続いています。
下水道だけで見ても、管渠の敷設後50年を超える地域が生まれているにもかかわらず、相変わらず眼は新設のほうに向いています。日本全体で見ればまだまだ未整備の地域のほうが多いのが現状ですが、一度に作って一度に更新することは言うまでもなく愚かなことですから、今こそ更新の方向に舵を切れば、将来段階的な更新に持っていけると思います。
これは、橋などにも言えることで、一部は延命処置を施しつつ、更新が集中しないようにすることが基本とは、おおかたの同意を得られたものではないでしょうか。

私の身近でも、黒字なのだから水道料金を引き下げろという意見を述べる方が少なからずいます。何事も今の出費が少ないほうがよいに決まっていますから、先の市長選の結果で、公約とされたように、引き下げが検討されます。
下水処理場の更新時期が近付いている、水道管の耐震化(一部エタニットパイプが残っている)を急がなければならない、などを考えているのかどうか、私としては注目点が多くあります。少し研究をしなければならないと思っています。

昨今、毎年のように年度末になると道路舗装の打ち換え工事が行われていますが、設計が簡単で発注事務が楽であるのかどうか、建設業を不況から救う意味合いがあるのかどうか、政治的内容は推し量る以外にありませんが、こうした行為が、道路の劣化を押しとどめていることは確かです。
ただし、そうした目的意識を欠いているならば、早晩間隔が引き伸ばされて、道路インフラもまた劣化していくでしょう。
総じて、計画的に実行することが、単に新設することであった時代が長すぎました。新設して維持し更新するまで(これも目新しくはありませんがライフサイクルといいます)を計画しなければならなかったのにです。

人も老い、都市も老い、生まれてくる人も少なくなった21世紀入口(もう10年たちますが)で、考えなければならないのは何か。もしかすると考える段階はとうに過ぎていて、いまにでも踏み出さなければならないのかもしれません。あの時ああしておけば、という悔やむ事態は避けようではないですか。



2009年2月16日

私の家には人間以外にも動物が生息していて、大きさの順で言うと、犬、猫、金魚、メダカです。
時々ご紹介しているように、チョウやカエル、トカゲ、ヤモリ、ナメクジなどもいますが、それらは勝手に入り込んできた者たちなのでこの際は数えません。

金魚、チョウはこれまでこの欄に登場しましたが、犬、猫はまだであることに気が付きましたので、遅ればせながら紹介します。
左の写真は犬です。14歳位になります。柴犬とよく間違われますが、立派な雑種犬で、メスです。我が家としては2代目です。
犬小屋は、ホームセンターで購入した立派なものがあるのですが、昨年ごろから全く使わなくなり、雨が降っても入りません。理由はわかりません。
庭の土を少しくぼみに掘ってその中で寝ていましたが、今年のはじめから、この写真のように、干物が入っていた木箱(たまたま庭においておいた)に入って寝るようになりました。窮屈だろうと思うのですが、これも理由はわかりません。

老犬なので冬の寒さはこたえるだろうと、夜だけ時々家の中に入れてあげることがあります。そのときの写真が右側です。
家の主は猫なので、時々攻撃を受けています。喧嘩はしません。先代の猫に仲良くしようと近寄りすぎて、鼻に一撃を受けた記憶が、まだ生きています。ストーブ前の一等地には決してこれません。
この猫は、6歳〜7歳、全身真っ白です。こちらもメスです。先代の猫が交通事故で亡くなったので、家からは全く出ることなく暮させています。ベランダでセミやカマキリを捕まえては見せに来ます。冬の間は獲物がなく、手持無沙汰のようです。
最近、テレビ画面に映る動くものの中で、鳥や虫に気がついたらしく、しっかりと見ています。画面から消えるとテレビの裏側に探しに行っています。
新聞を読んでいればその上に、キーボードをたたいていればその上に乗ってきます。生来のイヌ派としては、その所がなんとも悩ましい点です。

この二人(?)とも、我が家で生まれたわけではなく、犬は近所から生後何日かでもらい、猫は公園で助けを求めて家人に拾われたため、小さいときは私と一緒に寝ていました(時期は全く違いますが)。名前はもちろんあるのですが、個人情報ですので非公表とします。



2009年2月4日

本日はひとりごと三つです。

(1)2月2日の「日本経済新聞」科学のページに、「地球の気候当面「寒冷化」」という記事が載りました。
「昨年の気温、21世紀で最低」なのだそうで、「英気象庁調べ」の「実際の気温」と「温暖化予測」のグラフがあります。「NIKKEI NET」にはこの記事が見当たらないので、グラフを引用させてもらうと以下のようです。
「日本経済新聞」2009年2月2日「科学」面より
さらに、記事のリードで「専門家の間で気候は当分寒冷化に向かうとの見方が強まってきた。」とされていますから、かなりインパクトのある記事とグラフです。
「専門家の見方」では、「自然変動はいずれ反転し、今度は気温を押し上げることになる。十〜二十年後には急速な温暖化が訪れるだろう。」という方と「IPCCは予測の誤りを認め、直ちに公表すべきではないか。(中略)数十年規模の自然変動が温度を上げる方向に働いた場合でも、上昇幅は最大一度程度にとどまるだろう。」という方のコメントを並べてあります。

地球温暖化CO2主犯説には、今でも多くの懐疑的な見方があります。地球の地質学的年代には、氷期と間氷期があり、最後の氷期は約一万年前に終わり、現在は間氷期で、間氷期は氷期に比較して比較的暖かい時代である、いずれまた氷期が到来するという説明(私が高校時代に学んだもの)の範囲内で、説明のつかない事態が起きているということが、あるのかないのか、気がもめる話です。

しかし、的外れかもしれませんが、グラフのIPCCによる気温上昇のシナリオを表わしたグラフは、見事に右肩上がりです。先に引用した前者の専門家意見では「気温上昇の予測は複数の計算結果が平均された直線的な上昇線で示される。目下の気温の推移と食い違って見えるのはそのため。IPCCの予測が羽津れたとの批判は当たらない。」とされていますが、私の感じるところ、一本調子の右肩上がり(下がり)のグラフは、何かがおかしい(世の中のほとんどすべての現象はSin(Cos)曲線のような波で表現される)と思うのですが、どうなのでしょうか。


(2)土木学会誌2月号の特集は
「トンネル技術の今昔−知られざるトンネルの世界−」です。
これによると、「近代トンネル技術の先駆者である諸先輩方へのインタビューによるトンネル技術史」が今年の秋にも刊行されるとのことで、楽しみです。

「近代トンネル技術」と言いますが、トンネル「技術」には「近世」も「中世」も「古代」もなく、あるのは歴史時代区分の「近世」「中世」「古代」のどこで掘られたかだけであると思っていますから、事実上の「全史」です。
インタビューされるメンバーを見ると、そうそうたる方々で、ますます楽しみです。トンネル屋のはしくれ(と自称している者)としては、ほとんどの方とお会いしていないことが残念ですが。

トンネルと言えば、土木学会での映画「黒部の太陽」上映会が盛況であったとのニュースも聞かれます(私は封切り時に見ています)。石原裕次郎氏のモデルが某建設会社の会長さんであったのは知っていましたし、この建設会社の方と一緒に仕事をしたこともありますが、「土木学会誌」でお目にかかるとは想定外でした。
もっとも、会長さんご自身にはお目にかかったことはありません。
同映画熊井啓監督の「映画「黒部の太陽」全記録」(新潮文庫 平成21年2月1日発行(注))を読んだばかりですから、これも何か因縁話のような感じがします。
その中で、例の出水事故の前に同会長が「いやな感じがする」といい、セットとはいえトンネルの中に女性が入ることを忌み、塩をまくなどされたとの記述もあり、隔世の感があります。土木学会誌特集と同様面白い本でした。学会誌の特集を担当された土木学会編集企画主査は、もしかすると私が昔仕事でご一緒して知っているあの人かもしれません。ご活躍がうれしいですね。


(3)地盤工学会誌の同じく2月号特集は
「最新の地質学−地盤工学との関わり−」です。
この中の報告「地盤形成史のわかる地質断面図をつくろう」(鴨井幸彦)はとても面白くまた参考になりました。心ひそかに、来年度の土木地質の授業の中で教材にさせていただこうかと思ったりしています。
というのは、ボーリング柱状図の話(授業)の中で、地質断面図の話もするのですが、その教材に適当な図がなく、「わかりやすい土木技術「土質調査の基礎知識」」(小松田清吉著 鹿島出版会)21ページの図をお借りしていたのです。
ところが、私の持っているこの本は昭和61年第4刷なもので、そろそろ何かほかにと、考えていたところですから、まさにどんぴしゃりです。
とくに、同報告図-3などは、「調査資料の増加に伴って変わる断面図」というもので、ボーリングの本数が増えるに従って地層が精緻になっていくさまがよくわかり本当に面白いものです。著者が、「不可思議な断面図」が生まれる理由の一つに「工学系出身者により担当される」ことを挙げられているので、思いだしたことがあります。

ずっと以前、ちょうど先の「土質調査の基礎知識」を購入したころ、私は出向先であるシールドトンネルの計画をしており、出向先の担当者が作った地質断面図を見て、どうにも腑に落ちない点がありました。もちろん砂層は砂層どうし、粘土層は粘土層どうしをつないではいるのですが、地形からみると同一層とは思えない部分があります。どういう考えでその層を同一と考えたかを聞きますと、それこそN値も粒度分布も比較していないで、単に柱状図に砂層があったからその境界をつないだという答えでした。
そのあとはご想像にお任せします。当時私は瞬間湯沸かし器であったものですから、しばらく後まで冷やかされて困りました。
というわけで、ここでも因縁話のような終わり方ですが、この方に2年ほど前、TX開業すぐ、つくば市で偶然お会いしました。国土地理院へ行かれる途中だとのことですぐお別れしましたが、何とも懐かしかったのを覚えています。

今回は雑感三題話でした。
(注)本書は2005年新潮社刊「黒部の太陽−ミフネと裕次郎−」を改題したとのことですが、その時は読んでいませんでした。





2009年1月24日

日本の大型ロケットH-UAの15号機(固体ロケットブースタ(SRB-A)2本装備の「H2A202」型)が、23日0:54に打ち上げに成功しました。9回連続成功です。このところ2〜3日天候の関係から延期されていたので、関係者はほっとしたでしょう。私も大勢ほっとした人たちの中のずっと末席にいます。

というのも、この15号機は乗合バスみたいなもので、合計8基の人工衛星が搭載され、その中の一つ「まいど1号」のサポーターであった時期も私にはあるからです。
私のお金などは、組立ねじ1本ぐらいにも当たらないでしょうし、1回だけでしたが、それでも東大阪宇宙開発協同組合からもうすぐ上がるというメールをいただいて、再度関心を呼び戻されていました。
8基の内訳を見てみると、当然JAXAの温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」がメインですが、あとの7基は「小型実証衛星1型(SDS-1)」(JAXA)、「航空高専衛星(KKS-1)」(都立産業技術高等専門学校)などがあります(詳しくはこちら)。
その中に我らが「まいど1号」もあります。正しくは「SOHLA-1」といい、東大阪宇宙開発協同組合(SOHLA)が製作した雷観測衛星です。もっとも、今回打ち上げに成功しなかった場合は、「まいど1号」とはならなかったことになりますから、よかったよかったです。

私は茨城県つくば市が活動開始の起点であったのでよく通ったり訪問したりするのですが、以前行われた万博の第二会場であった場所(つくばエキスポセンター)に、大きなH-Uロケットの模型があり、市内のJAXAにはH-Uが横になっているのが見えます。
そんなことを考えていたら、ちょっと思い出したので、少し懐古趣味に浸ってみようかと思います。

小学生の時読んだ本に「宇宙船ガリレオ号」というのがあります。ロバート・A・ハインライン原作です。子供向きのSFで、もう細部は忘れてしまいましたが、高校生3人とその一人のおじさんである天才科学者がロケットを製作し月に行く話です。着いてみるとナチスの残党が先にいて戦いになり、など、着いてからのことはあまり面白くなかったようで、どのようにして帰ってきたかは覚えていません。
しかし、これが私にとってなんというかSFへの入口であったと思います。以後、子供向きから始まってSFを読みまくり、大学時代は早川書房の「SFマガジン」を古書店でごっそり買い集めたりしました。(惜しいことに、卒業時にすべて処分しました)

何でこんなことを思い出したかというと、当時のSF上のロケットには皆翼がありました。「宇宙船ガリレオ号」でも挿絵には確かあったような記憶があります。飛行機のようなあるいはスペースシャトルのような形をしているか、またはナチスの作ったV2のような形をしているか、どちらかであったようです。
小松崎茂の絵には、とても素晴らしい流線型のロケットが登場します。H-UAには羽がありません。いつ頃からロケットに羽がなくなったのでしょうか。また、人工衛星も、「まいど1号」は箱形ですが、世界で最初の人工衛星は球形でした。
映画「2001年宇宙の旅」に登場するような形(車輪のような輪が回転して遠心力を人工重力とする)の宇宙ステーションも、SFにはよく登場しますが、いま現実に組み立てられている宇宙ステーションは、やたらと太陽電池パドルが目立つただの(?)円筒です。

我にかえって、JAXAのサイトを見ると、「まいど1号」は、ちょうどオーストラリアと南極の間ぐらいで分離したようです。分離信号送出は打ち上げから32:41後、689km上空となっています。よかった、よかったです。

上のことと全く関係ありませんが、来日して皇后さまと一緒に映画を見ていた私の好きな女優メリル・ストリープは、アカデミー賞主演女優賞に自己記録を更新する15回目のノミネートをされました。よかったよかったです。




2009年1月1日


明けましておめでとうございます。本年もこの欄での「ひとりごと」をお聞きくだされば幸いです。

「地盤工学会誌」本年1月号の特集は「地盤工学教育―技術の伝承―」です。地盤工学(私が勉強したり、今担当している科目名は「土質工学」です)と限定はしていますが、最近ではもう聞きあきたようなテーマのような気がしますが、よく見ると「伝承」で「継承」ではありません。これはどうしたことでしょうか。私は主にこの欄で、今まで「技術の継承」という用語を使ってきましたので、少し違和感を持ちました。

それぞれ国語の辞書(「言泉」小学館)をみると、「伝承:ある社会や集団の中でのしきたりや信仰、口碑、伝説などを受け継いで後世へ伝えていくこと。」「継承:地位、財産、権利、義務などをうけつぐこと。」とあります。どちらかというと、伝えるほうが主体の場合「伝承」で、伝えられるほうが主体の場合「継承」のようなニュアンスかと思いますが、この説明ではその内容が微妙に違う印象を受けます。
はっきりしないのでもうひとつ(「広辞苑」第4版(4版しか持ち合わせがありません))引いてみます。「伝承:@伝え聞くこと。人づてに聞くこと。A伝え受けつぐこと。古くからあった「しきたり」(制度・信仰・習俗・口碑・伝説などの総体)を受け伝えてゆくこと。また、その伝えられた事柄。」一方、「継承:うけつぐこと」と、ずいぶんあっさりしています。
今度は英語ではどうなのでしょうか。「伝承:tradition」「継承:succession 」私は、ノーベル賞の益川先生と同じく(おこがましい)英語はだめなのですが、こうして並べてみるとやはり「継承」のほうが問題意識に合致しているのではないかと思います。いろいろな理由で、技術が次の世代に受け継がれなくなっているのではないか、ということが、最初にあるからです。団塊の世代と呼ばれる人たち(広義では私も入ります。なぜなら、大学に入った時に浪人しているため、そのあとはずっと団塊世代と同じ道をあゆんできたと思います)の大量退職が引き起こす「2007年問題」がことの発端でした。

以上は、「地盤工学会誌」特集を読む前の感想です。内容を読んでみると、なぜ編集者が「伝承」と言いたかったかがわかります。単に「技術」ではなく、「地盤工学」という世界の相対的な「伝承」に危機感があるということがわかります。
総説「
技術の伝承と地盤技術の教育支援」(日下部治東京工業大学大学院教授)では、「技術の伝承が危機的に語られる場面が三つ登場する。」として、第一「人口構造の転換期」、第二「産業構造の転換期」、第三「次世代の人生選択の転換期」があげられ、団塊世代に由来する2007年問題は、「人口構造の転換期」問題に過ぎないことが語られます。これには大いに教えられました。「産業構造の転換期」と「人口構造の転換期」が同時に発生したところに危機がある、それが第三「次世代の人生選択の転換期」を生みだしたことで、より深い危機が今あるのだということではないかと理解します。これが「地盤工学教育―技術の伝承―」の「教育」にかかわってきています。

教育現場に少しとはいえ足をかけている者として、以上を理解しつつ、実感としてはもっと広く、「技術」そのものの危機ととらえなければならないような気がしてきています。「伝承」であれ「継承」であれ、今ある「技術」そのものに価値がなくなっていれば、第三「次世代の人生選択の転換期」にあらわされる若者の選択は、それを期待できないでしょう。
いみじくも同誌論説「
大学における地盤工学教育の現在・将来」(中井照夫名古屋工業大学大学院教授)では、「多くの大学(学部)において、地盤力学(土質力学)の授業は60年前のTerzaghiの教科書の章立てに沿って講義がなされる。」と指摘され、土という同じ材料であるのに「考えるべき問題によって全く異なったものとして扱い、また異なったアプローチを教えている」状況を変えなければならないとされているのです。
私は今まで勉強する側だったのであまり気がつかなかったのですが、少し教える側になって、教科書の章が変わるごとに「ここでは土をこう考えます」と言わなければならないことに気が付き、わかってもらえるかなといつも恐れおののいています。
「技術」も変化していかなければ、先の三つの危機には対処できないのでしょう、と思います。恐竜が進化して鳥になったように(これもまたどこかで以前書きました)、土木工学もまた総体として進化(変化)していかなければ、それこそ「しきたりや信仰、口碑、伝説などを受け継いで後世へ伝えていくこと」だけになってしまいます。

結論的にみると、やはりここは「伝承」ではなく「継承」のような気がしてきました。もちろん、変えていくのは「継承」する側ではなく、してもらう側です。つまり私たちです。2007年問題は、2011年問題になろうとしています。今年は、それを考えましょう。